それとも彼自身の第二体が、彼の決行しようと思っていたことをなしとげてしまったのかも知れない。その時、そのドッペルゲンゲルは彼自身である本体には知れないようにと、余り急ぎ過ぎたので、カフスボタンをうっかりしているうちに、現場へ取りおとしたのかも知れない。それとも彼等は彼のこうまで落魄《らくはく》している境遇へつけこんで、同盟して彼一人を奈落の底へ突きおとすのであるかも知れない。そうして彼はたった一つのカフスボタンのために、冤罪《えんざい》の悲運に陥るのであろう。それにしても先刻、あの警官の睨《にら》んだ眼はなんと怕しいことであろう。その眼光は、或《ある》確さを持っているのみでなく、更に人の心を射るような或もので輝いていた。それは警官を注意してみる者にとっては、或不安であると同時に冷淡の表示でもある。あの眼は、単に夜中ただ一人、路傍を歩き廻る者を穿鑿《せんさく》吟味するだけのものではない。あの眼の底には、隠れた意味が含まれている。警官とそれを見る者の相手との外には、解らない謎が含まれている。その説明は、事実が暴露しない以上第三者の誰にも解らないのである。しかしその二人だけなる者は、一人の警
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