身のドッペルゲンゲルであった。そしておれは、おれ自身の分身どもがつけていた、あらゆる仮面を見たのだ。そこにはどれほど沢山のものが明滅していたことであろう。嫉妬、陰謀、嘲笑、復讐、侮辱、猜疑、竊盗心、その他あらゆる悪が横行したのだ。あらゆる仮面。……
―――――
しかしいま、彼は孤独であった。彼は自分の友を感じていたであろうか? 彼はただ一人であった。彼は自分のドッペルゲンゲルさえ失っていた。彼はただ一人であった。彼は鉛のように重い頭を枕へおしつけていた。
彼は何ということもなしに、「おれはただ一人だ!」という感じを深くした。彼は半ば恐る恐るこの言葉を幾回か口へ出した。この言葉ははっきりしていた――この言葉は氷のように冷かであった――この言葉はしずかにじっと彼自身の眸を※[#「目+嬪のつくり」、209−下−5]《みつ》めていた――この言葉は瞬間的の有頂天と少しの変りもなく単純であった――この言葉は一という基数で代表されるものであった。
彼は冷く溶けた鉛を嚥下《えんか》したかのように感じた。彼はすさまじくも寂しかった。
「お母あさん!」
突然、彼はひょっくり物を言いかけて、彼の目
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