は一層かなりの反感をもった。彼は親友の顔を※[#「目+嬪のつくり」、205−下−23]《みつ》めた。何のためにこんなひがみが湧いたのか、彼自身にも解らなかった。しかし彼はいつか就職口のことを、青沼へ依頼したことがあった。彼はそのことを忘れていた。彼が忘れるのも無理はない筈であった。もう一年以上も前のことであったから。――彼は親友の心を尊重しなければならなかった。
「で……」
彼は不機嫌な顔を擡《もた》げた。青沼はすぐ彼の言葉を受けついだ。
「で、君は明日にでも博士に会ってみ給え。」
親友はこう言って、地図の略図面を書いた紙片を残して帰った。
*
彼は記憶に浮いてこない町の片隅で、軽い溜息を吐《つ》いていた。彼は目には見えないものを※[#「目+嬪のつくり」、206−上−13]めているようであった。彼は悲み且《か》つ喜び、泣き、笑っていたのではない。港町のように綺麗でしかも非常に混雑しているその町の片隅で、彼は煙草をゆっくりと喫《の》んでいた。その時は夕方と夜との境であった。鮮かな紺色の空気のなかにはいろいろの光が隠されてあった。彼はその光景にみいっていた。一たい何を眺
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