れたところで、決して曇るようなものでないからね……ま、君の燃えかけた蝋燭のような心を憎む――
「おれは懇願するのではない――
「君の態度はよくないと忠言する――
「壁の表にぶらさがっている時計へ向って欠伸《あくび》ばかりしている君は、くたびれて飛べなくなった鳥のようなものだね――」
 取り散らかされた書物は、一一彼へ話しかけていた。彼は途方に暮れた。そうしてそれぞれの声は、ちょうど同一の音調を打ちつづけて、何処まででも進んで行くいろいろのキイででもあるかのように、それぞれのおしゃべりをつづけていた。そうして彼は、人間の音声を聴くことを奪われた永遠の島のなかの人のように人間の言葉を聴き得なくなった。人間の言葉を忘れてしまった。

     *

 或日――
 親友の青沼白心は、突然にひょっこり現われた猫のように、彼の下宿を訪ねた。親友は大へん落着いた調子で話しはじめた。しかし彼には、親友の喋《しゃべ》っていることが一体何ごとであるか少しも飲みこめなかった。
「で、君は是非とも浦和博士に面会してみるのだね――」
 いつの間にか彼の耳はこんな言葉を捉えていた。
「浦和博士?」
 彼は彼等の会
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