て歓待する者が、この世に幾人あるか。」
 彼は底知れない神秘な真実に逐いまくられて、不意にこんなことを呟いた。彼は思うさま、自分の声を揺って笑ってみようと決心[#「決心」に傍点]したのであった。――この瞬間、何ものかの啜泣《すすりな》く響が、彼の耳もとをとぎれとぎれに過ぎていた。そうして屋外は恐らく雪が降っているのであろう、さらさら、さらさらと軽いこまかい音がしている。どっしりした空気その物の重みのような淋しい沈黙が、彼の体全体で感じられた。軽く緻《こまや》かに雪が降っているのであろう。そうしてそのなかをとぎれとぎれの啜泣が伴奏している。彼は耳をそばたてた。ものの十秒とも経たないうちにその啜泣は波打つ歔欷《きょき》と変った。――慟哭《どうこく》の早瀬となった。――
「お柳……?」
 彼は自分の声でびっくりした。
「お柳が泣いている……おれに部屋を借してくれたお柳が泣いている……」
 ―――――
 彼の部屋(土蔵)にただ一ヶ所より外《ほか》はない窓から流れこむ日光は、彼の顔へ軽くじゃれついていた。彼は日脚の擽《くすぐ》りで睡《ねむ》りを醒《さま》した。しかし悲しい荷物を背負って旅歩きして
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