。それは不規則な連想ではあったが、彼の胸を目がけて、死の烙印をおしつけてくるものであった。彼はそれから逃れることを考えなければならない。
「死?」
「死!」
「偽《いつわり》ならぬ真実!」と、東洋の詩人が謳《うた》ったそのことが、彼には賞牌《しょうはい》の浮彫でも見るように、手探りの敏感さで、自分の皮膚へ感じられたように思えた。その賞牌の表面へ堅牢に浮き上っている線! 彼には、その線を指先ででも触れながら楽しむように、言葉で呼ぶ死というものが大へん興味をもって眺められた。しか彼は自分へ向って、その死という連続的の真実を見たことがなかったとは言わなかった。その死の自存を感じなかったとは言わなかった。また屍灰から生れ屍灰のなかへ没して行くその死を知らなかったとは言わなかった。そうして彼には、その死というものが一種の生物で、しかも死自身はまさしく殺生鬼であると思えた。この殺生鬼は、空想から現実へ、足音もなく忍び寄ってくる。この死は、大股に濶歩《かっぽ》して、あらゆるところを歩き廻る。死を背負うた人間。この殺生鬼は、彼の胸のなかへ、真昼の幽霊のように、姿もなく巣食うてしまった。
「死を珍客とし
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