はないかと疑った。そうして彼には自分の考えと感情とが、毒悪と憎怨とに制限されているのではないかと、呪《のろ》わしく思われないこともなかった。そうして彼は虚無的な憤恨を抱いているかたわら不正型な意志を持っていることを知った。
「とうとう遂行した?」
 彼は他人の言動のことのように自分自身を振り返ってみた。そうして彼は徐《おもむ》ろに巻煙草へ火をつけて喫《の》みはじめた。彼の考えは吐き出される煙草の烟《けむり》のように渦巻いた――彼は刑事に尾行されている――彼は郵便局の現金を盗み出したのであろうか。否、決してそのようなことは全然ない筈である。それにしても彼は自分自身が怕《おそろ》しいと思った。彼は妙な気持からこっそりと部屋じゅうを歩いた。そうしてかなり苛立つ気持が落着いたと思った時、彼は服を脱ぎはじめた。彼はワイシャツを脱ごうとして、右の方のカフスボタンが紛失しているのを知った。きょう、彼は他人と喧嘩《けんか》はしなかったし、また酒を飲みもしなかった――こんなものの相手になれる彼自身ではない――それなのに、どうしてこのボタン一つだけが見えなくなったのであろうか。けさ、ちゃんと嵌《は》め込ん
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