生活へ対して知り得た最初の熱情であった。彼はこの熱情のために自分の躯《からだ》が、希望で心から顫《ふる》えるのを知った。しかし彼自身の周囲には、一種の羨望《せんぼう》と卑屈と冷淡と臆病とで組合せられた多角型の隠謀が散在していた。彼は自分の息を吐くにいい生活のなかに、かくも重苦しい重荷の存在のあることを知った時、溜息の生活に過ぎない彼自身の生活を充すものは何一つなくなってしまったと思った。彼の熱情は、一瞬の閃《ひらめ》きすら耀かさずに消えようとしていた。彼は神のような心を抱きながら、或機会をとり逃がそうとしていた。しかし彼は自分の内心を疑えなかった。そうして彼は何らの懸念も危険もなくなるに違いないと知った。彼は宗教を知らない、思想を知らない、これらの相手になれる彼自身ではない――
「おれが相手として望む者はおれ自身に外《ほか》ならないではないか!」
彼は血の滲《にじ》み出るように叫んだ。この時、彼自身の内心は決定した。彼は自分の胸を平手打ちして悦《よろこ》んだ。しかしこの悦びとても、瞬間にしてその小波《さざなみ》を曳《ひ》き去ってしまった。同時に彼は自分で自分を揶揄《やゆ》しているので
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