機会を永久に失ってしまった。それともこうなったことが、彼自身の役割であったのであろうか。果してどうであろうか。
 それに彼が貧乏に見舞われてからは、一層外部との調子が不和になりはじめた。そうして彼の一人の親友を除いた他の債権者は、彼をあらゆることで侮辱した。彼はあらゆる誘惑の罠《わな》に嵌《はま》って呪《のろ》われてしまった。彼自身は不義者であり、悪徳の保持者でもあるかのように言いふらされた。心ある人間であったなら、疾《と》うの昔に自殺していた筈であるとさえ言われた。
「自殺!」
 彼はこの言葉を幾度か彼自身の胸のなかへ叫び返した。そうしてこの精神の力を実感に求めようと藻掻《もが》いた。彼には自分で無限の力と信じていた、このことが出来かねた。しかし彼は他の人人が毒薬や兇器で自殺したように毎秒毎分、時という輪廓のないもので自殺していた。――否、自殺した。そうして彼のこの考えは、友人を訪問している最中とか、散歩の折とかに、奇妙にも失恋の反撃のように飜《ひるがえ》ってしまうのであった。
 彼はこの自殺の考えから連想される彼自身の本能が、直ちに一種の熱情に変えられることを感じた。これは彼が人間
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