は自分の部屋のなかへひしひしと襲いこんでくる寒さを身震いしながら感じた。たったいま、そんな寒さが急に自分の部屋を訪れて来たかのように、彼は大へん迷惑にさえ思った。そうしてそれからの目に見えないものどもは、彼の部屋の唯一の楽しみでもあり、夜の話相手でもあるランプの光の周囲へかじかみながら遠慮会釈もなく集い寄った。――その時の彼の身震いは、あながちその寒さのためばかりではなかった。彼は自分の敵を自然現象のそんな一つにも空想してみたから――彼の敵――彼は最早その一種の圧迫を空想の仲間にはして置かなかった。
「敵の襲来?」
この奇異な神経発作を、彼は自分が彼自身によって弄絡されている病魔と思わないこともなかった。しかし彼は――おれの敵はおれの油断を見すましているからには――と、自分の心へ向って、注意を怠らせまいとした。そうして彼は自己催眠にでもかかっているかのように、何ごとにつけても、自分自身へ向っては、――「おれの敵」と言い含めてしまうのであった。
「おれの敵。」
この言葉は彼の口を離れなかった。そうしてこれは、彼の極く不健康な折の神経的の悪気体であって、彼の日常用いている器物へ附着し、
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