してこれらの文字の幽霊は、おや! おや! と飽きれ果てるほどの蝶や蜂のように入雑《いりまじ》り、入乱れて飛び廻るかと思えば、不意に家のなかへ舞込んで来て驚き廻っている小鳥のように、彼の部屋のあらゆるところを飛び廻り、ついには食器のなかへまで飛びつき這い廻った――それはちょうど、歓喜とか恐怖とか死とかの極印のようであった――蝙蝠《こうもり》のように、何処から現われるともなく、何処へ消えるともなく、ひらひら、ひらひらとファンタステックに明滅していた。それは最初こそ、彼には楽しい想像の接穂《つぎほ》としても親まれたが間もなくするうちに、それは怕《おそ》ろしい恐怖の予言のように思われはじめた。そうしてそれは、呪文の影でもあるかのように、彼の脳のなかへ射込《さしこ》んで来た。
「おれの敵は姿を変装して来た、ちょっと油断をしているうちに!」
こう思いながら、彼は自分の眼を四方へ見張った。
*
「雪だろう!」
「雪だろう!」
或日の夕方であった。――
ひょっこり彼の耳へ、こんな会話が表口の方からひびいてきた。
「雪だろう?」
彼はうっかり寝床のなかで呟《つぶや》いた。そうして彼
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