かった。彼女は彼を振り返ってみた。うちみたところその顔は、十七八にも見えたが、その眸《まな》ざしは小児らしく悲しそうに見えた。そうしてその飾りけのない眸は、見栄えはしなかったが、どことなく気品のある彼女の顔につりあっていた。この様子は真直ぐに彼自身の胸へひびいて泌《し》みこんで来た。
彼は彼女の様子を覗《うかが》いながら、とっつきの障子の隙間《すきま》からそっと内のなかを窺《うかが》ってみた。その上り口から直ぐの薄暗い部屋には、人の動く気配がしたと思うと、力のない咳が彼の耳をコホンコホンと打った。
「姉さん!」
彼女は床のなかの人を呼びかけて、抱いている小児を、その床のなかへしずかに押しこんでやった。
「部屋を借して下さいませんか。」
突然彼は言った。彼は自分のうわべ[#「うわべ」に傍点]を隠さなければならなかった。彼は彼女に対して興味以上の何ものかを感じていた。それは疲れ切った夢の滓《おり》であったかも知れない。彼はこんな滓のようなものにさえ縋《すが》らなければ生きてはいられなかったのであろうか。彼女は当惑した様子で前掛の縁を弄《もてあそ》んでいた。
「帰れ!」
彼は自分の胸
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