の恐ろしくこけた男、あの瞼の垂れ下った男は、一たい誰であったろうか。一たい何処《どこ》から現れて何処へ消えて行ったのであろうか。こう考えると、彼は自分を嘲弄《ちょうろう》した自分の敵のように、彼自身を嘲弄してみたくなった。
 しかし彼は真面目に考えてみなければならなかった――あの蒼ざめていじけきった醜い男は、一たい何者であったろうか。彼自身の敵であったろうか。しかしどうみたところで、あの男は彼自身によく酷似していた。それならあの男は、彼自分のドッペルゲンゲルであったろうか。それにしても、彼は現在離魂病をわずらっているであろうか。兎《と》も角《かく》、あの男は、一たい何の目的で、あの場へ現れたのであろうか。彼を苦しめるためにか。小児を殺す目的であの場へ現れ、その罪を彼へなすりつけるためにか。それならそれは彼の敵の仕業であるに違いない。――こう考えながらも、彼は彼女の後へついて、彼女の家まで行った。彼女の家は、彼の夢とは多少の相違があったにしても――そこは屑物屋ではなかったが――略《ほぼ》相似た様子だった。玄関のない出入口を持っていた。彼女は彼が無断で他人の家へ近づくのを咎《とが》めはしな
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