。彼の心も身もともに、闇が冷たい風とともに狂おしくひしめき合っているそのなかに彷徨《さまよ》うているかのようであった。
*
―――――
南と北から家屋が建てこめているため、常に日光に遮られている薄暗い道路の行当りに、芥溜《ごみため》が見える、そこにミノルカではないが大きな黒い一羽の鶏が餌をあさっている。彼はそこを目当に歩いている。そこまではかなり長い道程があるらしい。左右の家は書割舞台ででも出来ているかのように、絶えず震えている。歩いている彼ははたと立ち悩んだ。彼の足元には五銭白銅貨が、一ツ、二ツ、三ツ、四ツ、……十一、十二、十三と数えただけおちていた。鈍く光って彼の瞳をひいた。彼はその白銅貨を拾おうともせずに、頸《くび》を傾けながら歩きはじめようとした。その時彼は芥溜の方へ向って、左手にあたる一軒の屑物屋を見つけた。蒼白い顔の小娘が障子の穴から戸外を覗《のぞ》いていた。彼は彼女をちらりと一瞥《いちべつ》した。彼はびっくりした――この瞬間、彼の暁の夢は音もなく影絵のように崩れて消えてしまった。
彼はひょっこり夢みたこの夢を余り気持のいいものとは思わなかった。十三個の
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