の感受性とをもって、幻の表現に過ぎないこの人間生活のなかから、あらゆるものを見た目だけで確実なものであると見取ったこのことを、彼は恥かしく思いはじめた。彼はものの影――言葉の言葉、動作の動作――を見極められないことを情なく思った。彼は重々しい霧のなかを彷徨《さまよ》うているかのようであった。突然、彼は人の歔欷《きょき》を耳にしたように感じた。その歔欷は何処《どこ》からともなくかすかに流れてくるともなく彼自身の胸のなかへ深く泌み込んできた――彼はただ一人|淋《さび》れはじめた秋の末の庭先の縁へとりのこされていた。親友は彼一人をそっととりのこしてそこを立ち去っていた。――そのことに気づくと、彼は自分が噎《むせ》び泣きしているのであると思うより外はなかった。彼は自分の噎び泣きさえ感じないほどの反動的の静寂のなかへ浸り切って、無意識のうちに噎び泣きしていた。
*
彼が東京のイルミネイションを見なくなってから二週間以上にもなっていた。彼のいま住んでいる町――東京に接続した西北の町は、秋の荷の往復でせわしい。遠くの森の色は色|褪《あ》せはじめた。秋の季節も過ぎ去ろうとしていた。そう
前へ
次へ
全91ページ中58ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
富ノ沢 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング