ぶった他人の家に瞼《まぶた》をこすりながらやっと生きている……一人の法外もない馬鹿な子を夢にみている母親を……裏切られたとは感じながら、未だに彼女の子を胸のなかに描いている母親を……」と、彼は囁《ささや》きつづけて、はたと言い淀《よど》んだ。
「それはおれだ!」
「それはおれの母親だ!」
そうして彼はいまさらのようにびっくりしてしまった。今のいままで彼は彼自身ではない他の人のことを夢に見ていたかのようにさえ感じていたそのことが、彼自身[#「彼自身」に傍点]のものであると思えば、寧《むし》ろ奇妙な気持になった。彼は想像の発明に耽っていた訳ではないが、自分ながら己のうかつなのんき者にはあきれてしまった。こう気づけば、彼はその不真面目な、鉛製の玩具のような彼自身が、更に形而下のものに思えた。彼はこんなふうに、彼自身を嘲《あざけ》りながらも、言葉では自分の身振りをつづけていた。
「おれは自分の母親をこの都へ呼び寄せる……おれは自分が身のほどに働いて……お前はもう働けないのだ。お前には最早働くなどという能力はないのだ。よく見てみろ、蜂の巣のように破れたその頭! 姿勢の外は飾れないその躯! 売却
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