と》を、軽く自分の耳にいれながら、彼自身の胸のなかの我と話しはじめるのであった。
「おれは朝起きする、いや、少くとも昼前には起きなければなるまい。だが、おれはそんな資格などは、疾《と》うの昔に盗み去られてしまった。おれは自分勝手におれの持っていたものをみな盗み出してしまった。それでおれは自分で凍氷してしまった。おれ自身の内も外もいまは冬の最中に閉じこめられてしまった。そして、おれはおれ自身へ対して力がない。何故なら、おれは自分の魂をおれ自身で剽竊《ひょうせつ》して、誰かに売ろうとしているうちに、うっかりそれを取りおとしてしまった。」彼は自分の胸のなかでのみ怒鳴《どな》るようにぶつぶつ言いつづけた。「それでいておれの熱情は恐怖とともに満月のように輝いてきたが、その火花は見るかげもなく、何ものかに蔽《おお》い隠されるように吹き消されてしまった。そしてそれは定められた一点に発した一直線か一曲線かのように、何処《どこ》へか見当のつかないところへ逃走してしまった。ちょうどそれは、神様でも探すかのように、忍び足をしながら、何処かの廊下でも歩き廻っていることだろう。そしてそれは禁断の扉でも敲《たた》
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