種の好奇心を抱くようになっていた。いまのところ、彼は彼自身へは分相応のつとめをつくしていると考えているのであった。先ず彼は学校へ出席してみたいと願った。しかし彼はすでに学校の方は放校されていた。彼はこのことを思い出しはするのであったが、未だに学校には籍があるような気がしてならなかった。こんなふうに思い耽っていると、彼は型の見えない巌石の階段を少しずつ降りているかのような恐怖に襲われるのであった。
そうして今日と言われるその日その日は、更に彼自身の気持を暗くして行った。彼は母親の手紙を読んだだけで、最早万事は露見してしまったのではないかと疑った。そうしてその疑惑は一瞬ごとに波紋をひろげて行った。美角夫人は彼を監視しているのであろう、それなのに何故彼女は金を与えたのであったろう。彼女は嘘を吐《つ》かれたとは思わなかったのであろうか。彼女は微笑みに輝いた真ならぬ偽を理解しかねたのであろうか、彼の言葉が彼女を惹《ひ》きつけたのであろうか、彼の声の調子は彼女の心を衝き返さなかったのであろうか。それとも彼女は彼の心のなかに見てはならない何ものかを約束したのであったろうか。否、彼はすべて善い方面の
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