を横切って行った。彼はこんな天候の対照でさえ自分の胸のなかが冷たくなって行くように感じた。
彼は靴音のような喜びと驚きと怖れとの雑った一種の苦しみで、彼の母親から送られた手紙を読んでいた。彼女は明日にでも上京して来るようなことを書いて寄越《よこ》した。そうしてそのことのみをその一本の手紙のなかに口やかましく繰返していた。彼自身にとって必要なことは何一つ書いてなかったと言えるほどであった。こんなことになったのも、美角夫人からの手廻しであろうと、彼は不快になって後悔した。母親は彼が何事もせずに、我儘勝手に歩き暮していると考えている。そうして彼女の考えに間違いはないのであった。ところで、その用もなくぶらぶらと歩き廻ることは、この機会を利用して止めてほしいというのであった。彼自身としても、こう言われるまでもなく、一日一日と遊び暮していることは、退屈であるばかりでなく、更に心苦しいことであるから、このことを思う瞬間からでもすぐ止めてみたい、そうして学校へも出席してみたい。と、彼は願っている。しかし彼はこう自分自身へ願っただけでどうにもならなかった。そうしていつのころからか、彼は彼自身へ向って一
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