と一切を世間へ告げ散らしている、あの兇鳥《まがどり》が……あいつはおれの臆病な敵の間諜《かんちょう》だ……」彼にはまたしてもこの電流のようにすばやい閃《ひらめ》きが憫《あわ》れにも感じられて来た。そうして緊張は一秒一秒に増してくる。彼は自分の最後の頼りになる唯一の親友のところへ行けばいいのであると考えに逐われていた。それは精神的の悦びのように彼自身の躯のなかを馳《か》け巡《めぐ》った。いま彼は自分の名誉を毀損《きそん》されるというような安易な不幸に陥ろうとしているのではない。それは彼が彼自身の身をもって当らなければならないほどの不幸である。こういうふうに彼が考えれば、彼は自分の親友のところへ行くことを断念しなければならないようになった。というのは、若しも彼が青沼を頼って味方になって貰うものなら、親友は彼自身とともに彼の敵の的にならなければならない。これは断乎とした論理を含んでいる。可笑味《おかしみ》のある馬鹿気たことではないのである。それにしても彼は自分が盗みをしようとした考えにこだわっていて、それが看破されたことを恐れているのであろうか。否、彼はすでに愚鈍な技巧と真面目くさった態度の
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