煙草の直線の一点へ金色の円周の一点を接点さしていた。――突然、接点は離れてしまった。
「えッ? え、え、え、え!」
 彼の相手はその顔を彼自身の眼から外してうつむいてしまった。彼はかすかに微笑《ほほえ》んだ。彼等は一種の暗合のように同時に立ち上った。町は明るい光に淀《よど》んでいた。四月の雨は止んで、桃色の雲はあざやかに浮びあがり、その中心を西の方へ惹《ひ》いていた。彼等二人は再会を約しながら快く別れた。

     *

 彼は四個の行李と、書物と、プログラムとの間に埋もれながら、自分の親友青沼白心のことを考えていた。彼自身の気持は晴々と澄んでいた。
 この時、突然のことのように、彼は戸外に雨の降る音を耳にした。雨滴をきいて一段と彼は安心した。そうして何心なくしかも自然であるかのように呟《つぶや》いた。
「これですっかり、足蹟は消えるぞ!」
 そうして彼は再び不安な気持ちに捉われた、それと同時にいまの言葉で盛りかえされたかのように悪い連想はまたしても生き生きと尾を振りはじめた。それに巣を離れて活動している梟《ふくろう》は、墓地の森のなかでしきりに鳴きはじめた。
「あいつがおれの思うこ
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