。この時突然、彼には二間とは間隔のない路巾《みちはば》が、彼自身の躯《からだ》を圧《お》しつぶすように、同じ速度を踏んで、左右から盛り上り盛り上り逼《せま》って来るように感じられた。彼は右へ曲ろうとするはずみに、ちらりと交番所のなかを窃《ぬす》み見した。鬚《ひげ》のない若い警官が、手にペンを握ったまま入口へ乗り出して、彼の様子をじっと※[#「目+嬪のつくり」、170−下−17]《みつ》めていた。彼の瞳には、開かれたままの白い帖簿が映った。彼は瞬間に心持ち歩み悩んで、その足並みを崩さず、交番所に隣接した郵便局へ心を向けていた。
「金……金……金……」
 彼は胸のうちで呟《つぶや》いて、後ろを振り返ってみた。警官の土龍《もぐら》のような眼は、突き出る首とともに彼の後姿を追うていた。彼は自分が踏み早める靴音に驚いていた。そうして彼はまっしぐらに路地から路地を潜《くぐ》り抜けながら、墨色の深い杉森の寺院のなかを縫うて、ようやく煙草《たばこ》店のある路地へ忍び込み、そこから宿の前へ跫音《あしおと》を止めた。
 この宿の戸は夜中でも錠の必要がないほどやかましくがたつくので、彼はその開閉のたびに宿の
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