人人へ大へん気の毒な思いをする。それにいまは決して必要もなさそうな振鈴が、軋《きし》む戸とともにその倍以上も鳴り響くので一層気がひけていらいらとさせられる――しかしいまはそんな臆病な気持に捉われていてはいけない。絶対絶命の時ではないか。どんな種類の犯人でも、一度は逃げのびられるだけは逃げのびたいと願うものである。たったいまの彼の心もそれと少しの変りもない。交番所に隣接した郵便局には、女事務員が四人も働いている。そうして彼女等に雑《まじ》って一人の老人がいるに過ぎない。そこで、彼は夜中こっそりとこの郵便局へ忍び込んで、金庫をねじあける、そうしてそこにある金銭をみな持ち出す。これがうまうまと成就すれば、彼はこの金銭を自分の部屋の火鉢の灰の底へ掩蔽《えんぺい》してしまう。この思いつきは、彼にとっては一つの誇りであるとさえ思える。そうして彼はそしらないふうを装うて小金から費い出す。彼が先日以来気まぐれに考えていたことを、あの鬚のない若い警官がちゃんと飲み込んでいる。彼の胸のなかを伝心的に見破っている。警官は彼の考えをすっかりと胸のなかに感じている。彼は怕《おそろ》しいと思った。
 彼は狼狽《あ
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