憤恨を蹴散らすとすれば、彼は本当の道化者と何らの変りもないではないか。
「道化者!」
 彼は、誰かが囁《ささや》いたかのように、こう囁いた。彼は妙な気持ちになってしまった。彼がこう囁いただけで、内側のない紙屑とボール紙とで貼り合せられたこの地球儀のような地球が、げっそりとひしゃげてしまいそうに思えた。
 彼は割り当てられたその役を踏み外《そ》らして途方に暮れていると愚かにも考えるが、どうやら彼は道化者としての役を振りあてられているらしい。そうして彼は何とでもして生きなければならない。彼には並外れた野心のあるためではないが、そうしてまた、よしそんな野心があったにしたところで、彼はその犠牲となるのは好ましくないのであるが、彼は自分の家族と生活を共にしなければならないのである。一生にたった一度より外は持てない親――彼の父親は最早この絢爛《けんらん》な空気を呼吸してはいない――たった一人の片親である母親を養わなければならない。それは彼自身の義務である、その義務を果すために、彼は生きなければならない。これは彼自身の空《うつろ》な言葉でないと同時に、彼の妄想でもない。彼はその義務を果すということを
前へ 次へ
全91ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
富ノ沢 麟太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング