軽蔑その物は、それ自身の価値を持っているのだからそれでもいいが、彼自身に堪えられないことは、この軽蔑をもって、人を踏んだり蹴《け》ったりするように、寄り集って来ては慰みものにして痛快がっていることであった。その侮辱と嘲弄とは、彼にしてもどうして感じない訳には行かない。それは彼自身の敵である。それともそれは、彼自身の幻影であろうか。彼はこの明るい日の下に自己欺瞞に陥っているのであろうか。そうすればそれは、二重の欺瞞に変えられないとも限らない。彼は単にその幻覚に酔いつぶれているのであろうか。彼は自分の不幸に惑いながらも、「不幸と鉄の三解韻格」を謳《うた》った人の真似をしようとしているのであろうか。しかしそれを謳ったジョン・カーターその人は、泣ごとや不平をこぼしたことすらなかったではないか。その人は笑い声一つさえたてなかったではないか。紙屑とボール紙との貼り合せであると思っていたこの世が、その人には神の烙印《らくいん》と見えたのであろうか。それにしても、彼は泣きごとや不平をこぼしたことが、果してあったであろうか。それが若しもあったとするなら、馬鹿気たことではあるまいか。二重の欺瞞に魅せられて
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