――確かに彼の陰謀者であるに違いない者が、彼の悪い噂をしているに相違ない。これは彼にとって、彼自身が殺されることよりもつらいのである。そうして実際、真実の出来事は、そうしてまた真実の出来事になり得る可能性のあるものは、弾《はじ》けるような力強さで、こうした観念を無意のうちにすら呼び起さしめるものである。これは一種の体流的の作用であるに違いはない。彼はどうしてもそう信じない訳には行かない。それともそれは、彼自身のように、たましいの影さえ抱かないようになった者が、常に心を苛立《いらだ》たせて、神経過敏になっているその役にも立たなくなった焦噪の証拠を、何か別の事物へなすりつけようとする僻《ひが》み根性であろうか。たといそれが僻み根性であろうとも、彼は自分でひととおりは考えてみなければならない。――
「世には軽蔑というものがある!」
彼はペンで書きつけるように、心へ言った。彼の躯を掩《おお》うものは、全くその軽蔑に外ならなかった。何ものとも名ざされない者が、彼を軽蔑し侮辱しているというこの無作法な事実があればこそ、彼はそれを感じて気を腐らし、最後には自分へ向ってさえ怒り出すのである。否、その
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