そうすると、前に云っておいたことによって、宗教乃至信仰を許容することの出来ない唯物論が科学的に正しい以上、宗教乃至信仰の立場は、その本質に於て否定されなければならなくなる。今日の日本の宗教はどうなっているか。
 云うまでもなく、現在の日本には、神道・仏教・キリスト教の三種類が有力である。まず神道であるが、所謂「神道」(宗派神道)の他に「神社」なるものの厳存していることは、わが国民として特に注意を怠ってはならない点である。なぜかと云うに、全国約二十万の神社の祭りは、行政上「宗教」には入れられていないので、他の神道及び各宗派が文部省の管下に属するに反して、之だけは、普通の行政並みに内務省の管下に属しているからである。処が、それにも拘らず、その実質は宗教的なるものだと見られねばならぬ点に充ちているのであって、現にこの頃は敬神の念を作興しようという教育方針が至る処で受け容れられているが、之は主にこの神社崇拝を指しているに他ならない。各派の宗教神道が、有名なものだけを挙げても天理教・金光教・大社教・扶桑教・黒住教など、国家的に神道と認められながらも、事実の上からはあまり今日の一般社会の普遍的な信用を博しているとは考えられないに対して、神社神道は日本の国体乃至日本の政治(祭りごと)と一致するものとして、今日の日本の社会では絶対的な権威を付与されている。この最も公的な行き渡った日本の国家的民族宗教に近いものが、宗教に数えられていないのは、他の色々の必要から来ることは別にして、少なくとも政治と宗教とを分離しようとする明治初年の宗教政策(尤もごく最初の政策はそうではなかったが)の所産なのである。併し之が宗教として公認されていないということが、宗教でないという証拠にはならない。
 仏教は宗派神道に較べて、農民其の他の大衆の一部に、一定の地方的地域に従って、深く根を下している。特に真宗・曹洞宗・浄土宗・日蓮宗などがその主なるもので、仏教徒の総数約四千六百余万と称されている。尤もこのうち宗教的信仰を懐いていると見做してよい所謂信徒を別にして、大部分の者は単にその家族関係から云って一定宗派の寺院の檀徒だというに止まっているから、宗派神道の可なりに熱心な信徒と、直接その数を比較することが出来ない(各派の宗派神道の信徒総数は約千六百九十万である)。一般に僧侶は従来、漢学者・国学者・に並んで日本に
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