分が籍を置いている大学の実質が悪くても善くても、とに角その大学は自分[#「自分」に傍点]の大学なのである。自分をこの利益社会の一員と考えるのである。処でこういう利益団体としての私大が成立するのは、単に大学企業自身が利益があるからだけではない、実はこの営業自身が実際社会に於ける何等かの利益地盤に相応しているからなのである。
之は帝大出の「学士様」がかつて官吏就職という立身出世の利益地盤をあてにしたのと変らないが、併し帝大は営業の形を取らずに国家財政の方針を回り道にして来るから、私大程活発には実際社会の昨日今日の利害関係に影響されない。私大では商売にならないような学科や講座でも、帝大ではある時期迄は保存される。――でこう考えて来ると、矢張り私大よりも帝大の方が、まだ多少学問的な自由の可能性の余地があるかも知れない、という差違が発見されるのである。ただその所謂学問の自由[#「学問の自由」に傍点]ということの意味が、更に厄介な問題なのだが。
二 学職ギルドとしての大学[#この行はゴシック体]
大学のUniversitat[#Universitatのaにウムラウト(¨)]なるものは教権からの大学の独立自治を意味する。それは一方に於て学の自由という理想を云い表わすと共に、他方に於て教授乃至学生を含む学職団の社会的自由を云い表わした。無論そうは云っても、大学がカトリック教権から独立であることは、哲学乃至科学が神学の要求と矛盾する時、前者が後者の支配に無条件に屈服せねばならぬという、学問上のヒエラルヒーを除外するのではなかった(「哲学は神学の婢女」)と同時に、大学学団のギルドがカトリック的(封建的)社会機構の限界内に於てしか自由でなかった、ということをも妨げない。中世の大学の独立自治と中世のカトリック教権との矛盾を蔵しながら、依然として中世的秩序に包摂されざるを得なかった処の、大学の状態を示すものに他ならなかった。
教権から実質的に自由になったもの、即ち単に教権と撞着するだけではなく、教権に対抗し之を批判し得たものは、実はブルジョアジー(イタリヤやイギリスに於ける)の好奇心に充ちた商業会議所ともいうべきアカデミー[#「アカデミー」に傍点]であった。従ってこのアカデミーは又おのずから中世的「大学」と対抗し、之に代るものとして現われた。今日のブルジョア大学の組成の一半は
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