力な学生に仕立てるとは限らなかった。一頃世間は学生の赤化の原因はさし当り就職難にあるとも云っていたものである。でそう考えて来ると学生生活を歪曲しつつあるものはもはや決してただの就職問題=就職難だけではない。それから来る単なる条件反射のような意識だけでもない。之を通して学生は、社会に対する或いは寧ろ未来の社会に対する、希望と期待とを失って了っているのだ。それが今日の学生生活の歪曲を齎していると云うべきだろう。今日之は誰でも云っている処だ。
学生は青年であり、即ち時代の新しい矛盾の下に発育して来た者だから、この矛盾が醸す各種のイデオロギーに著しく動かされる。と云うのは学生にとってはイデオロギーなるものの作用は極めて現実的なのだ。学生はイデオロギーに多分の信頼を置いている。既成社会の現実よりも遙かに多く、学生はイデオロギーに期待する。現実を踏み越えるイデオロギー、或いは寧ろ良い意味に於けるユートピアと云ってもよいが、この観念物や思想物に動かされる。青年の夢と呼ばれるものが之だ。処がこの現実を踏み越えようとするイデオロギーが社会的に一時通用しなくなると、もはや学生には何等希望の特権がなくなって了う。現実に対する計画者としての学生は最も無能な民衆の一群だ。ここに学生生活の歪曲なるものが発生する。
そこで学生生活のこの歪曲をどうしたらば良いか、という問題になるのである。尤も社会の支配層にとっては、この状態は大して学生生活の歪曲でもないと考えられるかも知れない。学生が学生の本分を忘れて学生運動をやったり労働運動に働きかけたり、又啓蒙運動に携わったりするよりも、今の方がまだしも学生らしくて都合がいいと考えているのが、かくれた事実だ。誰もそんな事は口には出さぬが、支配層の言動を総合するとそう診断せざるを得ない。社会の支配層は民衆のための教育に就いてなど、真面目に考えてはいないと言ったが。本当に学生生活について真面目に考えている人間は当局に椅子は占め得ない。いや社会に於ても足の四つある椅子には腰かけていられないのである。そこで学生生活のこの歪曲をどうしたならばよいか、併しどの点が一体歪曲された学生生活なのか。学生が著しく享楽的になったからか。だが実を云うと享楽ということは少しも悪い事ではあるまい。学生は学生の生活を楽しまねばならぬ。野球がよく軍事教練がよいなら、ダンスもよければ喫茶
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