し返しでは、手も足も出ない。三畳程の部屋に十数人も押し込められて眠ることも出来ないでいる内に、いつか勤め先は首になっているという始末で、こういう××は、なる程「反省」させるのに充分効果的かも知れない。そこで××によって反省させるという、人を×××世間を××××た手段が考察される。転向すれば出してやる、転向しないなら××までも出して××××という×が之である。
精神病院や癩病院に、こうした治療法のないのは誠に遺憾である。これがないばかりに、狂人殺人事件やレプラ患者追放事件なども起きねばならなかったわけである。
四、教育幼年学校
私が某連隊へ入営して半年も経たない内に、連隊の将校の内で、どれが中学校出身で、どれが幼年学校出かということを、他人から聞かない中から見分けがつくようになった。(下士上りはもっと判然と判るが)。馬鹿に糞真面目でユーモアが足りなくて、世間的に非常識で、思い込みが多くて、僧侶や牧師のように大人びていて、生れつき一種の特権貴族であったような気持ちで部下に臨む癖があるのは大抵幼年学校出である。之に反してヅボラで感情が多少とも複雑で、少しは世間と軍隊とを比較することを知っており、物判りが割合早く、茶目気があるのは、大方中学校出身者である。全く之は早期の職業教育の相違から来るのである。
早期の職業教育は、固定した職業意識によってイデオロギーの自由な発展を束縛する。――師範学校も亦一種の幼年学校に外ならない。一体将来に対する未知の可能性を多分に蔵している溌剌とした少年に、一人に号令することを教えることが、人間を馬鹿にする結果になるのと同様に、そういう少年に人を教えることを教えるのは、人間をヒネコビたケチなものにして了う。(幼年学校の生徒が大体中産階級以上の出で、師範学校の生徒が大体無産階級の出だということは今の場合問題にならないことは明らかだろう。)師範教育はそれ自身非教育的なやり方なのである。
処が教育と云えば学校教育のことで、学校教育と云えば師範教育を代表とする処の、日本の教育界では、この胴長な小人を養成する師範教育が教育の精華となっているのである。で、教育を何か改革するには、師範教育を改革する外はなく、そして師範教育を改革するには、その早期に於ける職業教育を、もっと時期を遅らせて行う外はないわけである。
鳩山文相は、師範学校の修業年限を三カ年とし、中学校及びこれと同等以上の学力を有する者を入学せしめよう、という案を立てさせているそうだが、之によると師範学校も大体今日の専門学校乃至高等学校程度になるので、それだけ早期の職業教育は延期されるわけだから、文部省としては珍しく実のある学制改革案だと批評してもいいだろう。
処が多少誠実のありそうな改革案には必ず愚劣な故障が伴うもので、現在の師範学校長の処置に困るとか、僅か一年修業年限が多いだけで中学教員の資格を得られる高等師範学校との関係をどうするかとか、そうすれば文理科大学を師範大学として高等師範を止めにしなければならないではないかとか、師範教育令なる勅令を改正せねばならぬとか、却って地方財政の負担が多くなりはせぬかとか、色々の難関が待ち受けている。一寸は実行出来ないプランであるらしい。
実業補習学校と青年訓練所とを一緒にしようという「青年学校」案を、××××に一蹴された腹癒せとしては、出来すぎた案だと思ったのに、之は又老教育専門家達によって、一蹴されそうである。まことに同情に耐えない次第である。
だが、文部大臣がこの改革案を工夫した目的を聞くと、折角の同情も、あまり急いではならないことが判る。文相は近時「小学校教員の思想事件」が頻発するに鑑み、小学校教員の素質を向上させるために、この案を立てたというのである。処が、小学校の××教員達というのは、その潜在的な勢力の圧力によって、例の幼年学校式師範教育の束縛を断ち切った連中ではなかったか。早期教員職業教育から来る、人格主義や先生意識を突き破って、もっと真理のある世界に頭を出したのが彼等だったのだ。
師範学校を専門学校程度にすることによって得るものは、なる程、本当に云って現在よりも数等優秀な小学校教員だろう。(併し実を云えば大学を出たものの方がもっと好いのだが。)併し彼等は恐らく、文相が考えているような「素質の向上」した先生にはなりたがるまい。師範学校を専門学校程度にすることによって、教育幼年学校としての素質に下落するだろうことは、今から保証してもいい。
師範学校を教育幼年学校として向上させる唯一の途は、之を小学校程度に引き下げる外にないのである。
中学ではこの四月から作業科と実業科とが加えられ、之を主とする第一種の生徒は、学校を出たらすぐ実社会で働けるようになるということであるが、今日のブルジョア社会ではこうした職業教育[#「職業教育」に傍点]は[#「職業教育は」は底本では「職業数育は」]普通教育[#「普通教育」に傍点](即ち人間教育)とは分裂しているから、この現象は職業教育の早期化に外ならない。中学さえ早期職業教育化されるのである。師範教育を専門学校程度などにして晩期化すことが、如何に間違っているか判るではないか。
単に中学校だけではない、高等学校は今後出来る限り収容人員を減少させることになっている。それだけ社会に於ける早期職業教育の量的比重を増すことになるわけだが、之も亦師範学校を小学程度にする方向と一致しているだろう。では大学はどうなるか。教育が一般に早期職業教育化されるから、大学は教育の外にはみ出すことになる。或いは教育の外に残される。京大学生代表達に云わせると文相は大学を「浪花節大学」にする企てを持っているそうだが、果せる哉、鳩山一郎氏は最近「酒井雲後援会」の会長となったのである。
[#地から1字上げ](一九三二・九・八)
[#改段]
世人の顰蹙
一、神兵隊とオーソドックス
血盟団事件や五・一五事件は実に花々しく新聞紙上に登場したが、之に反して「神兵隊」事件は少くともその発生当時は、気の毒な程、社会の注目を惹かなかったものである。皇国農民同盟の前田某や大日本生産党の鈴木某が四十一|口《ふり》の日本刀を用いて、銃砲火薬店を襲撃し、拳銃や[#「拳銃や」は底本では「挙銃や」]実弾を手に入れた上で、いつもねらわれる牧野内府邸や首相官邸、政党本部、警視庁、財閥巨頭邸等々を襲撃して、恐怖時代を出現させるという計画の下に、大日本神兵隊という××不可思議な軍隊を組織して、国防大祈願という運動をやろうとした、という事件であるが、之だけだと、如何にも重大な驚異すべき大事件であるように聞える。処がどういうものかこの事件には、どことなく隙があり、シックリしない処があって、この事件が社会からあまり注目されない原因もそこにあったらしく見えるのである。
第一、日本刀で銃砲火薬店をおどかしてからでなければ、本当の武器らしい武器が提供出来ないというような段取りは、血盟団事件や五・一五事件の夫に較べて、何かに類するものをこの事件に感じさせるのであまり権威ある事件だとは受け取れなかったのである。だから之は警視庁などが腕を振うには持って来いの手頃の材料で、数日にして忽ち神兵隊の「全貌」が暴露されたらしく思われた。
血盟団事件や五・一五事件が、右翼の正統派による運動だったとすれば、神兵隊事件はこのオーソドックスから離れた運動で、そこから武器の供給方法が稚拙であったり、運動全体に権威がなかったりする弱点が生じているわけで、そういう意味から云って決して××するに足る事件ではない、ということがこの時まですでに明らかになったのである。
問題は之で消えて行くのかと思っていると併し、意外の方面からこの問題が新しく展開し始めたというのは、松屋の重役、内藤某に関わる有価証券偽造、詐欺の嫌疑から、同重役と神兵隊との間に意外な関係が伏在していることが発見されることとなった為である。尤も問題は幸いにして、この某重役の私的犯罪へ関係して行くだけなのであって、別に、軍部とか其他色々の方面へ関係して行くのではなかったから、意外は意外であっても、決して心配すべき筋合いのものではない。だから警視庁は大手を振ってこの問題の「核心」に肉迫出来るというものである。その結果今日迄に明らかになった処によると、予備役歩兵中佐安田某という問題の人物が登場して来て、その人物の自白によって、例の重役内藤某から神兵隊に運動資金として四万円の金が融通されていることが判り、而もそれが神兵隊事件の計画を株の思惑材料として重役に提供した報酬に外ならないということが判って来た。安田中佐自身が去る七月四日迄に数回に亘って事件を例の重役に売り込んでいるのであり(尤もその仲介者がその金額の一部分を着服したかしないかという問題があるらしいが)、一方に於て重役側では神兵隊事件をたのみにして借金の言い訳けをしたり、株を大量的に売りたたいたりするかと思うと、他方に於て神兵隊側では、重役からの資金をあてにして挙兵の日を延期したり、再延期に就いて幹部同志の間に対立を産んだりしている。事件は未然に防止されたから、重役は折角あてにした暴利を棒に振って了ったわけだが、ファッショ運動と株の思惑とが結合している点には誠に興味津々たるものがある。
世間ではこの事件を××××だと云っている。併しこの事件だけが大して特に××××なのではない。何によらず事件を起こすには資金が要ることは判り切ったことで、一見柄の良くない株の思惑売買を利用したからと云って、それだけでこの計画が、金銭上の利欲や売名のためだったとは断定出来まい。この事件が××××であった点は、別に、某重役のブルジョア的利害と醜関係があったからではなく、実は、この計画が例のオーソドックス・ファッショのもので××××という、一般的な××にあったに外ならないのである。オーソドックスにぞくしていないから、松屋の重役の懐具合を×××にしなければならなかったまでで、丁度、オーソドックスでなかったればこそ、武器をわざわざ民間の銃砲店から××して来なければならなかったのと、全く同じ現象だったのである。
神兵隊事件の「××××性」が暴露されたのは、何も今になって改めて暴露されたのではない。それが初めから××××であったればこそ、その××××が暴露される運命に立ち到ったのである。という意味は、初めからオーソドックスのファッショ事件ではないらしいと、当局からにらまれたのが×××××きなので、そこから「黒幕」の追究が始まり、資金関係が手繰られ遂々重役との醜関係が明るみに出たというわけで、苟もオーソドックスのものであったなら、「黒幕」の追究など行われる心配はないから、従って何等か××××××××が暴露されるという心配も無用だった筈である。尤も、「満州事変の際には目黒区に居住の有力な某政治浪人(特に名を秘す)の早耳により約十万円を儲けて同人に献金した事実があり」と読売新聞(九月二十八日付)が書いているのは多分無根の事実だろうが。
一味が「某々方面」や五・一五事件に関係ある海軍士官に、参加を勧誘して断わられたという証拠が、某弁護士の手許から出たそうだが、こういう風にオーソドックスから×××されたことが、取りも直さず運命の神から見放されたことを意味するので、夫があたら神聖な「神兵隊」の名を×××根本原因になっている。取り調べ中の或る人物は、検事に向って「五・一五事件で神武会長大川周明が検挙された時には大川の資金関係を大して追究せず、何故今回ばかり資金関係を追究するのか」と云って「追究」しているが(東朝十月一日)、この××は、この事件のオーソドックス的権威の××××××思い上りからだと云わねばならぬ。
二、国際文化局
外務省は「国際文化局」を新設する案を立て之を来年度の予算に計上するそうである。経費は初年度一七〇万円で、局長一名、課長三名、事務官七名、理事官二名、嘱託十二名、属其他十八名という、堂々たる構えであり、その外に、海外の主な
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