国際的に通用し得るだけではなく、最も合理的な度量衡だから国際的にも通用するのだという点が、メートル法の強みであることは云うまでもない。
処が、このメートル法強制施行に対して、貴族院・衆議院・政党・実業界から一斉に、極めて強烈な反対の気勢が上がり始めた。岡部長景・馬場※[#「金+英」、第3水準1−93−25]一・伊東忠太の三氏は七月二十九日首相を訪問して、百名の賛成署名による反対決議文を手交した。この冬の議会には、この強制法に対する修正案が政党各派の間から提出されそうである。
之に対して商工省当局は云っている。メートル法の施行は既に大正九年の法律改正に当って、特別調査委員会を設置して慎重研究した揚句、議会の協賛を経たものであるから、責任は当時に遡って追求されねばならぬ筈のものであり、今更非愛国的[#「非愛国的」に傍点]だなどと非難するのは不穏当だろう。だがメートル法がまだ社会一般に消化されていないから、メートル法強制の猶予期間を延長し、当分旧度量衡と平行して行われることを許せというなら、考慮の余地はある。併し度量衡法を再改正することは同意出来ない、とそう云うのである(八月二日付東京朝日)。
メートル法施行の主管大臣たる中島商相自身が来年の強制施行には反対だそうで、その理由は知らないが、斎藤首相は、土地台帳の作り替えなどに膨大な経費が要るという理由で、矢張反対だそうである。――だが、第一土地台帳云々という理由にはどれだけの信用が置けるかが判らないばかりでなく、そういう財政上の理由は大したものでもないだろうし、又基本的な理屈でもないだろう。膨大なと云ってもタカが知れている財政上の理由で、今日の政治家が、あれ程足並みを揃えて、力み返えるとは想像出来まい。対英貿易に都合が悪いとかいう理由も同様で本気で信じることは出来ない。一等尤もな理由は恐らく、不慣れのために実生活で間々不都合なことが生じるという点にあるのだろうと思うが、それにした処が、何か国家の一大事であるかのように、支配階級一同が騒ぎ立てるに足るだけの理由とは受け取り難い。
して見ると、どうも商工省事務当局が、一生懸命で弁解している通り、愛国心[#「愛国心」に傍点]や思想善導[#「思想善導」に傍点]の問題が根本的な動機になっていると考えないわけに行かなくなる。国民同盟の如きは、この強制法を修正することによって、「国民思想善導に貢献せん」ことを期している。メートルは非愛国的[#「非愛国的」に傍点]で、思想を悪導[#「悪導」に傍点]するものというのである。――倫理化欲の旺盛なさすがのわが国の為政者も、メートルだけは倫理化出来ないらしい。一メートルを107[#「7」は上付き小文字][#「107[#「7」は上付き小文字]」は縦中横]倍すると地球の象限弧になり、又一メートルを1553164.1で割ると、定温定圧のカドミウム赤色光線の波長となるのだが、カドミウムや地球ほど度し難い不道徳な存在はないのだ。
合理的であることでは、善良なことはないだろう。不合理であるが故に善であるということはないだろう。メートルが不道徳なのは、だから、それが合理的であるからではなくて、多分、それが国際的[#「国際的」に傍点](インターナショナル)だからに違いない。
だが、わが国の文化ファッシスト諸君はあわててはいけないのである。インターナショナルというのは、コミンテルンのことではないのだ。インターナショナルとコム・インターナショナルとを一緒にしているから、インターナショナルなメートルを不道徳だと思い込むのである。インターナショナルであること自身は少しも不道徳ではない。吾々はその証拠を挙げることが出来る。七月十四日、定例閣議の席上で、小山法相は次のような秘密を洩している。ジュネーヴに本部を持つヨーロッパの反共産党民間団体(之はあの不道徳な国際連盟[#「国際連盟」に傍点]とは無関係だ)から、わが国の某方面に向って、加盟を勧誘して来て、国際的[#「国際的」に傍点]共同戦線を敷いて、共産党撲滅の方策を樹立しようではないかと云って来たそうで、わが国もこれに加盟したいという某方面の希望があるが、どうだろうかと。この「反第三インターナショナル」なる団体は、インターナショナルで而も秘密結社であるにも拘らず、閣僚誰一人として、その道徳性に疑いを※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだ者はいなかった(七月十五日付東京朝日)。
で悪者はインターナショナルではなくてコム・インターナショナルであることは明らかだ。両者を混同することが、メートル法排撃、度量衡倫理化[#「度量衡倫理化」に傍点]運動の秘密である。
一体一尺というのはどれだけの長さのことを云うのか。メートル原器で決める外はないではないか。「転向」物語以来、評判の悪いコミンテルンは、ウカウカしていると、メートル法の責任まで負わされて了うかも知れない。併しメートル原器の又原器は、モスコーではなしにパリーに在るのである。
四、滝川問題と京大問題
今日「京大問題」と呼ばれているものは、初め「滝川問題」と呼ばれたものだ。善意に解釈すれば、一滝川教授の問題ではなしに京大全体の問題だという意味で、又事実京大全体の問題となったという意味で、滝川問題が京大問題にまで拡大されたわけである。だがこのことは、あくまで、滝川問題が京大問題にまで展開したのであって、決して滝川問題の代りに、京大問題が置き換えられたということではない。
滝川教授の強制休職を怒って法学部全教授が起ったのであった。滝川教授が仮に復職すれば無論問題はすぐ様片づく筈だった。処が松井総長の妥協案なるものは、「滝川教授の処分は特別な場合なるを以て前例とせず、今後教授の進退は教授会の決議によって総長の具申を以て行う」というのである。滝川教授の場合を前例にされては耐らないが、之を特別な場合[#「特別な場合」に傍点]だと云って合理化している以上、いつでもその特別な場合が出て来るものと覚悟しなければならぬ。総長の具申云々は初めから当然で、之は「特別な場合」でない場合のことだから、特別な場合には総長の具申を俟たずにやるかも知れぬ、而も前例などに依らずにやるかも知れぬ、という文部省側の宣言がこの妥協案の意味ではないか。(特別な場合とは無論前例のない場合のことだ。)留任教授達がこの妥協案を見て留任する理由又は口実が見つかったと思ったのならば、余程のウスノロだと失礼ながら断言しなければならぬ。
一体、この妥協案で留任教授達は、どういう得をするか計算して見たのか。滝川教授が前例にならないことや総長の具申を必要とすることは、初めから当然なことで、何等事前よりも有利な条件ではないではないか。その代りに彼等は何を失ったか。滝川教授の他に、更に少くとも七教授、講師以下八名の多少とも滝川教授と同じに進歩的な分子を、損失に追加しただけではないか。
これで京大問題が解決すると思うのは、もし京大問題が滝川問題に代置されたものでないなら、よほどどうかしているだろう。これは滝川問題の解決ではなくて、正に滝川問題の論点自身を十数倍したもの以外の何物でもないではないか。
「滝川問題」から「京大問題」への論点の推移に従って、彼等の算盤のおき方が、多分段々変って来たようだ。否段々本当のおき方を露出して来たのかも知れない、滝川教授復職問題(又は少くとも同教授復職に代るだけの代償要求問題)は、いつの間にか、京大法学部存続問題になって了ったのではないか。「京大問題」はそうやって「滝川問題」とは別に、滝川問題をおし除けて登場したのではないか。滝川問題なら責任は文部省にあったのだが、今云った京大問題――京大存続問題――なら、責任は、あくまで辞職を主張する教授達にあることになる。文部省に対立する教授団の結束ではなくて、反対に、文部省に従う教授団切り崩しが、従って問題の解決[#「解決」に傍点]となるわけだ。一人でも残留することが、京大問題の解決だということになる。それが彼等の一身上の問題解決にもなるし、又それが恰も文部省の思う壺でもあったことは云うまでもない。「京大」問題が解決されてその代りに、「滝川」問題は解決されないままで吹き飛んで了う。文部省は滝川教授だけでもと思ったのに、佐々木、末川、恒藤、宮本(英雄)などの目障りな教授達を、思いがけることもなく一ペンで清算して了うことが出来たわけだ。禍を転じて福となすという、弁証法的故知は、正に今日の文部省のために用意されたもののようである。
新総長理学博士松井元興氏の抱負振りは、初めからどうも臭いと思っていた。正に氏の手腕によって、滝川問題は、立派に「京大問題」にすりかえられたのである。文部省の禍は文部省の福に転じたのである。小西前総長はこれをすりかえることが出来なかったばかりに、(氏の良心からか手腕の欠乏からか知らないが、)行き詰って了ったのであった。哲学者よりも科学者の方が、多くは政治的にうわ手ではないかとこの頃考える。とに角今後と雖も、「公平な」自然科学者には相当用心することが必要だ。
[#改段]
減刑運動の効果
一、反乱罪の効果
例の五・一五事件の軍部被告と民間被告とで、罪名を別にするしないという件で、軍部乃至軍検察当局と司法当局との対立が問題になったことを、私はかつて述べた。民間では人を殺した者は殺人罪にするに反して、軍部では殺人罪ではなくて反乱罪で処断するのは変ではないかというのであった。
併し之が別に何等対立を意味するものではないということは当時司法当局の声明によって一遍で明白になって了ったことで、男の児に太郎という名をつけることと、女の児にお花という名をつけることとは、無論対立でも何でもないということが、その後段々判って来たのである。
法律家でない一般人、少くとも私などは、法律のこの種の使いわけは甚だ尤もで、多分之を強力に主張したのは軍部側だろうが、流石は軍部だけあって、峻厳な英断を敢行するものだな、と感心したものである。
〔66[#「66」は縦中横]字削除〕 果せる哉、軍検察当局は重刑を以て臨むというような意向を洩していたのである。
こうして軍部の論告求刑の日は近づいて来た。凡ての疑問は解決されて了ったから、あとはただその日を待つばかりになったわけである。
処が問題は或る意味で蒸し返されざるを得ないことになった。陸海軍法務局当局は、どう思ったか陸軍側の論告求刑の日である八月十四日に先立ち、大審院に林検事総長を訪い、軍部民間の五・一五被告全部に対する論告求刑に就いて協議を遂げ、その結果陸軍側の論告に加筆するために十四日の開廷を十九日に延期する旨を発表したのである。
男の児と女の児とに同じ名前をつけられやしないかと、曽つてヤッキになって心配した向が、今度は、男の児の命名と女の児の命名とが協議されることを、甚だ頭痛に病み始めたのは無理ではない。陸軍側弁護人達は海軍側弁護士団と呼応して、軍法会議の本質を指摘し、法務局主脳部の軽卒・軍検察権独立の危機・検事総長の××干犯を強調し始めたのである。
之に対して大審院側は、三省会議で量刑[#「量刑」に傍点]上の打ち合わせなどしたというのは×××××で、単に事務上の協議をしたものに過ぎないといって軽くあしらったし、陸海軍両大臣は「軍検察権は断じて他の干犯を受くることなく独自の権威を以って事件に処するものである」という意味の言明をあっさりと与えたので、一同はそのまま引き下って了った。結果はややアッケないが、とに角司法当局も軍検察当局(之も反作用的に同罪たるべきものだが)も、××干犯をわずかに免れ得たのは大慶の至りである。
第一師団軍法会議はかくて目出度論告求刑のために開廷の運びになった。二十五歳を頭に二十三歳迄の十一名の元士官候補生が、例の恐るべき反乱罪の名の下に求刑される十九日が来た。一定の便宜のためにデッち上げられた非科学的なイデオロギーのため×××たこの十一名の無心な霊魂のために
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