れる。アトムは自らの運動を固有している。ソクラテス以後ギリシア哲学の中心は自然哲学を離れ、その限り唯心論に傾いたと普通考えられているが、プラトンの晩年の思索は専ら自然哲学に向けられ、質料の概念に集注される。質料(プラトンは夫を場処―空間―と呼んだ)はプラトンによれば観念乃至形相(イデア・エイドス)の反対物だったのである。吾々はプラトン哲学―この代表的な観念論―に於てさえ結局質料主義としての唯物論を見ることが出来る。さてデモクリトスのアトム主義はエピクロス(Epikouros)の倫理説となり、やがてストア学派の唯物論を結実した。普通デモクリトスの場合を例にとって、唯物論は機械論(Mechanismus)と同一視される。併し唯物論が寧ろ機械論に止まり得ないものであることは、マルクスの学位論文によるデモクリトスとエピクロスとの比較を見れば好い。
近世の唯心論がデカルト(R. Descartes)に始まったに対応して、近世の唯物論はベーコン(F. Bacon)から始まる。ホッブズは之を機械論的唯物論として徹底させた。ホッブズの唯物論の動機となったものは、当時の斬新な思想であったガリレイ(G.
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