フ、系統と諸分派の特色とであったが、之に対立するものは、弁証法的論理学乃至簡単に弁証法である。(弁証法という言葉を一般的に広義に取れば、何も論理学のことに限らないのであって、事物の順序から行けば寧ろ存在の法則を意味する方が本来なのだが、併しこの言葉の歴史と普通の使用習慣から云うと、本来論理乃至思惟法則の名なのである。で思惟の論理以外のものを弁証法と名づけるのは、言葉の上からだけ見れば、アナロジーだと云ってもいい。尤もこのアナロジーに却って最後の真理があるのであるが。)
弁証法を広義に解すれば、事物の存在法則そのものをも含むのだから、そうした云わば客観的なディアレクティックは、遠くヘラクレイトスにまで溯る。こうした客観の弁証法はやがて重大な問題とはなるのであるが、併し今一応所謂論理(思惟の法則)に問題を限定するとすれば、そこに必要な云わば主観の弁証法は、最初プラトンによって形を与えられたと云ってよい。矛盾を克服することによって真理に到達する科学的方法がプラトンのディアレクティックである。プラトン的ディアレクティックは、他面に於て例の客観的な弁証法を持っていたアリストテレス(存在は生成変
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