セ字]の如きは従来の一切の論理学を伝統的論理学と名づけて、之を自分の近代論理学から区別する。所でこの種の論理学者は多く数学者であるが(ハミルトン、ブールを始めラッセル、クーチュラー)、現在数学の新しい運動としてこの論理計算に結合しつつあるものはD・ヒルバートの数学的形式主義である。
併し同時に注目すべき現象は、ラッセルもクーチュラーも斉しく現代の優れたライプニツ研究家だということである。それは連続や無限に関する数学的論理学的研究がライプニツに出発していることにも根拠を持っているのであるが、実は夫と直接の繋がりのあることなのだが、数学的論理学はライプニツの「普遍文字」の思想に基いているからなのである。ライプニツは国語の相違によって論理の普遍的な通用が妨げられるのを不合理として、論理的表現をば、最も普遍的に国語を超越して通用する代数記号で以て、云い表わそうと企てた。之は一面に於て、言語学上ではエスペラント運動の観念の先駆でもあるが、他方に於て今日の所謂「近代論理学」の先蹤をなすものなのである。――論理学が機械的に形式的に合理化された極端な形が之である。
さて以上は広義に於ける形式論理学
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