フ二つの対立した立場があることはよく知られている。事実の問題として、自然科学に於ける科学手段の操作や科学方法の用途に於て、自然科学者が意識するとしないと、又彼等の自分自身の作業に対する自己解釈の如何とに関係なく、直線的に又廻り途をしながら、方法は弁証法を追跡しつつあるのである。之は「自然の弁証法」(所謂自然弁証法)に関する重大な一側面である。
 自然科学のかかる方法=論理は、それ自身すでに哲学を意味していたが、自然科学の方法=論理は又一方に於て世界観に連っている。そして世界観とは他の意味に於ける哲学のことを指すのであるから、今度はここでも亦自然科学は哲学に接続している。蓋し哲学の側から云えば、論理と世界観とは切実に連絡しているのであって、世界観を整理した結果が論理であり、理論によって構成されたものが新しい世界観である。自然科学は哲学のこの構造に、恰も陥ち込みでもするように当て嵌るものなのである。――自然科学は歴史的に見れば元来哲学そのものであったし又哲学の一種となることによって夫から分離して来たものであった。之は哲学的世界観の検討・整理として、又更に新しい哲学的世界観の根拠を提供するも
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