セると考え、甚だしきに至っては社会的実践に於ても技術家が支配すべきであるとしたり、又専ら社会の技術的、メカニカルな、自然的変革を待たねばならぬと考えたりする、所謂技術主義が発生するのであるが、これは技術主義なるものは又一種の「科学主義」(実は自然科学主義)を結果するのが常である。
 だがこのような技術主義の根本的な誤りは、社会の物質的生産力に於ける労働力の重大な役割を忘れたことであり、社会の技術的基礎によってだけ社会機構を説明出来ると考えたその機械論にあるのだが、所謂科学主義(自然科学的思想の万能)も亦、そうした自然科学的機械論に帰着する。――まして唯物論をこうした技術主義や科学主義と混同することは出来ないので、唯物論の本質の一つはディアレクティックであり、凡そこうした機械論を克服する処にこそその特色があるのである。
[#1字下げ][#小見出し]四 自然科学と文化[#小見出し終わり] そこで問題は第二に、自然科学と文化との関係に移る。ここでも亦、技術と自然科学との関係が注目されねばならぬ。技術的なものは社会機構の一つの根本的な基礎であったが、この社会機構に基いてその上に発生、建設される
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