るであろう。白い物として把握されるべき[#「べき」に傍点]白い物の、概念が把握される場合。又最後に概念は把握の働きを遂行せしめる処の運動のエージェント[#「エージェント」に傍点]に譬えられるであろう。把握は常に[#「常に」に傍点]概念によって[#「よって」に傍点]遂行されると考えられる場合が之である。この譬喩によって知られる通り、把握[#「把握」に傍点]は把握的[#「把握的」に傍点]概念によって行なわれるのである。理解する[#「する」に傍点]とは概念を有つ[#「有つ」に傍点]ことに外ならない。前者は一つの verbum を、後者はそれに対する substantivum を云い表わす言葉と云うことが出来るであろう。ヘーゲル的術語を借りてよいならば概念は把握の 〔Fu:r−sich−sein〕 であると考えられる。把握とは概念する[#「概念する」に傍点]ことである。人々は吾々のこの言葉を承認しないであろうか。併し吾々はこの言葉が正しいか否かを人々に問おうとするのではない、却って吾々の概念[#「概念」に傍点]は把握に対してこのような関係を有つものとして理解されねばならぬということを、吾々は人
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