#「妥当」に傍点]でもなく況して構成的概念[#「概念」に傍点]でもないことは茲に於て明らかとなった*。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* 空間を論理的[#「論理的」に傍点]範疇として理解することが不可能であることは、之によって証明されることが出来る。もし一般に範疇を何かの意味に於て条件――カントに於てのように――と考えるならば。
[#ここで字下げ終わり]
空間は対象論的なるもの[#「対象論的なるもの」に傍点]であると想像され易いように思われる。それは一応、対象論的意味に於ける対象[#「対象」に傍点]であるように見えるであろう。処でマイノングの対象とは何であるか。「凡ゆる対象そのもの」「対象それ自身」に於ては「本質的には存在も非存在も認めることが出来ない*」。「対象はその性質から云って存在外である」――「純粋対象存在外の命題**」。もしかかる対象がそれにも拘らず或る意味に於ける存在を持つとすれば、その存在は Sosein と呼ばれるべきである。「対象にとって決して外的ではなく寧ろ対象の真の本質を形成する処のものは、対象の Sosein に於て成立する」のである**。かくて対象はマイノングによればかかる Sosein――それは「存在[#「存在」に傍点]」と「状態」とに対しては「可能性[#「可能性」に傍点]」と呼ばれる***――として性格づけられる。処が吾々の空間概念は存在性[#「存在性」に傍点]を有たねばならなかった。それ故空間は対象論的「対象」であり得ないことを最も著しい特色とさえしなければならない、ということになる。尤もこう考えられるであろう、かかる「可能性」は、ただ「凡ゆる[#「凡ゆる」に傍点]対象そのもの[#「そのもの」に傍点]」、「対象それ自身[#「それ自身」に傍点]」として理解される限りの対象一般[#「一般」に傍点]の性格であって、その内の特殊の[#「特殊の」に傍点]対象が、例えば存在を有つことを、それは妨げるものではない、と。けれども、もし仮にそうとすれば、或る対象は対象一般としては可能性の性格を有ち、その特殊の対象としては存在の性格を有つことになるのでなければならない。処が、特殊なるものが一般的なるものに含まれる――それに還元[#「還元」に傍点]される――からと云って、特殊なるものの性格は一般的なるものの性格によって優越されることは出来
前へ
次へ
全62ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング