も必要であるからである。故に吾々の空間概念――それは常識的である――にあっては、空間が物体的[#「物体的」に傍点]であるか無いかという問題、従ってより一般に、空間が実[#「実」に傍点]であるか虚[#「虚」に傍点]であるかという問題は、成立する動機を持つことが出来ない筈である(たとい物理的空間概念に於てそれが成立するとしても*)。何となれば実も虚も物体性を基準として成り立つのであるが、この物体性はとりも直さず存在者[#「存在者」に傍点]の概念にぞくする、処がそれは存在性[#「存在性」に傍点]の概念とは別なのであるから(併しそれであるからと云って空間が物体的ではない[#「ない」に傍点]、虚である[#「ある」に傍点]、ということは出て来ない。存在者の概念[#「存在者の概念」に傍点]に於て与えられた区別を存在性の概念[#「存在性の概念」に傍点]にぞくするものが守らなければならない義務はないから)。之に関連して空間は運動[#「運動」に傍点]し得るか否かと云う問題も亦今と同じ理由によって成立しない。空間は一つの存在性[#「存在性」に傍点]の概念である。
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* 一般に物理的空間は実空間として説明され、之に対して幾何学的空間は虚空間と呼ばれる。心理学的空間に於て実空間に相当するものは空間知覚(感覚によって充実されたるもの)であり、虚空間に相当するものは例えばカントの Anschauungsform であると云えるであろう。――凡てこれは専門的空間概念に於て発生する区別に外ならない。
[#ここで字下げ終わり]
存在性の概念として理解される時、空間概念は先ず始めに少くとも次のような名辞と訣別しなければならぬ。第一は 〔Ra:ume〕。何となれば空間の複数は空間を物体性として説明することの残影であるか、それでなければ物理的空間に於ける所産であるかであるが、何れもそれが今の場合にとって見当違いであることを今吾々が述べた処である*。第二は 〔das Ra:umliches〕。何となれば之は存在(Raum)に対して恐らく空間的に表象[#「表象」に傍点]されたるものを意味するのであるが、それと空間概念[#「概念」に傍点]とを結ぶ理由は何処にも示されていない**。第三は 〔Ra:umlichkeit〕。空間性[#「性」に傍点]は空間の存在性[#「性」に
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