空間を範疇として始末した代表的なものはコーエンである。又空間を光と同一視することはプロクロスに始まる。後に至って Witelo が之を承け継いだ。
*** 空間概念の分析が「空間の演繹」と正反対であることをこの機会に注意して置こう。後者の代表者は ”geistreich“ なるシェリングである、彼は空間(それは又物質である)を物理的諸力から構成[#「構成」に傍点]した。処がかかる構成こそは分析の正反対である。
[#ここで字下げ終わり]
空間概念はその性格に従って分析されねばならない筈であった、何がその性格であるか。空間という常識的概念が要求される時、その時は必ず存在[#「存在」に傍点]を問題にしている時である。存在という概念には様々の解釈が施されるであろうが、茲では最も平凡な一つの存在――空間的存在――をさし当り理解しておけば充分である。この意味に於て机は存在するが机の表象は存在しない(但し表象されたる机は尚或る意味に於て空間的存在ではないかという疑問は一応尤もであるが之は最後に解かれるであろう。吾々の今云おうとする区別はこの疑問と無関係に明らかである)。この机と机の表象とを区別しようと欲する時、実際上、必ず空間概念が要求されるのである。人々は或いはこう云って反対するかも知れない、実在と表象との区別は、或いは主観の普遍的必然的構成であるか否かによって、或いは自我の奥底に於ける統一であるか否かによって、始めて与えられるのであって、其処に空間を持ち出すことは何の説明にもなりはしないと。けれども再び吾々は繰り返そう、吾々の云う空間概念は常に一つの常識的概念である、それは実在と表象との区別を哲学的に説明[#「説明」に傍点]することは出来ないし又しようとも思わない、ただ実在と表象とを人々が普通[#「人々が普通」に傍点]何によって区別しているかということだけに答えることが出来ればよいし、又それだけには答える義務があるのである。人々は実際机と机の表象とを区別する為に[#「為に」に傍点]空間概念を要求[#「要求」に傍点]するのである。人々は両者の区別の深遠なる――そして専門的なる――意義を教えられるよりも、両者の区別を確保することが更に必要[#「必要」に傍点]なのである。この必要を満足せしめるものが人々の持つ[#「持つ」に傍点]、従って吾々の求める[#「求める」に傍点]、空間概
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