ネ統一を持っていなければならなくなる。従ってもはやシュトゥンプフの定義したような部分的内容ではなくなって了う。処がこのことは空間のみが有つ特色である。他の感覚内容は二つ以上の感官に共通であることはない、触覚はただ触官にのみ属している。即ち空間は他の感覚内容と同格な意味で部分的内容であるのではない、ことが明らかとなった。空間表象はこの意味に於て他の感覚内容とは独立でなければならぬ。処が今まで空間表象が根源的である所以はそれが感覚内容であったということに、即ち他の感覚内容と同格な内容であるというにある筈であった。然るに空間は同格ではなくして独立であることが示された。それ故シュトゥンプフの立場からすれば――空間表象は感覚的内容を持つという立場――空間の根源性は否定されなければならなくなる。向に述べたロッツェとカントに対するシュトゥンプフの批評は彼がロッツェ及びカントに於ける空間の根源性をこの理由からして否定している現象に外ならない。而も二人はシュトゥンプフの解釈とは正反対に空間の根源性を主張した。即ち彼をして誤解せしめた処のものは正に、空間表象が感覚的内容を持つという立場そのものである。であるから空間が根源的であるのを知るためには空間感覚[#「空間感覚」に傍点]及び空間知覚[#「空間知覚」に傍点]という概念を放擲しなければならない。このような概念に執着する限り如何なる心理学者も――シュトゥンプフすらも――空間の根源性を摘出することは出来ないであろう。

 空間感覚或いは空間知覚という概念に較べれば空間直観[#「空間直観」に傍点]という言葉はより有効に用いられる。向に直観は思惟に対する制限として消極的に定義されたが――二を見よ――今の場合には仮に直観をば感覚を含む場合と之を含まない場合とに区別しなければならぬ。もし普通に直観は凡て感覚を含むものと定義されているならば之を感覚を含まないものにまで拡張しなければならぬ。感覚を含むものを経験的直観、感覚を含まないものを之に対して仮に純粋直観と名づけよう。然るに空間表象は前に述べたことによって感覚を含むべきものと考えてはならない。言葉を換えて云えば空間表象の内に感覚が位置を占めて現われるのは差閊えないが、空間表象自身が感覚に由来する――そうすれば空間感覚或いは空間知覚の概念を生じる――のであってはならない。故に空間表象は純粋直観であ
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