は何か。それはこうである、単独な個々の場合々々に就いて云えばその場その場限りでは意識も亦歴史的社会を決定する(同時に歴史的社会が意識を決定することは云うまでもない)、一応[#「一応」に傍点]の場合々々はそうなのである、だが意識活動の多数の場合が一群となって統一的に組織的に一定形態[#「一定形態」に傍点]を与えられるためには、逆に歴史的社会が意識を決定する外に道はない、それが終局に於ける[#「終局に於ける」に傍点]場合だというのである。
 意識としてのイデオロギーはそれ故、もはや単なる意識ではなくて、一定形態の下に歴史的社会によって決定された限りの意識――そして之こそ意識の内容ある内容なのだが――、意識形態[#「意識形態」に傍点](乃至観念形態[#「観念形態」に傍点])でなければならない。で、意識の概念はイデーの概念ではなくてイデーの諸形態[#「イデーの諸形態」に傍点]・イデオロギーの概念となる、意識の問題がイデーの問題としてではなく、正にイデオロギーの問題として提出されねばならなかった所以はここにある。
 意識形態としての社会上部構造・イデオロギーは併し、単純ではない。夫は諸段階に区別される必要がある。イデオロギーの第一の段階は与えられた経済的地盤の上に生じる政治的秩序[#「政治的秩序」に傍点]であり、第二の段階は、直接には同じく経済的地盤から、間接にはこの第一段階の政治的秩序の全体から、制約される処の社会人の心理[#「社会人の心理」に傍点]である、そして最後に第三段階は、この心理の諸特徴を反映する諸観念形態[#「観念形態」に傍点]――狭義の――だと考えられる。或いはもっと要約して云えば、政治秩序[#「政治秩序」に傍点](第一)と観念[#「観念」に傍点]・文化形態[#「文化形態」に傍点](第二・第三)とに分たれる。
 だがイデオロギーは、こうした社会的上部構造一般[#「一般」に傍点]を意味するばかりではなく、同じく政治的乃至文化的イデオロギーの間に於ても、諸イデオロギーにそれぞれの内容を入れて考える時、――そしてそのように内容を入れて考えなければ如何なる概念も形式主義的にしか把握されない――、夫々のイデオロギーが他のイデオロギーから自らを区別する処の対立[#「対立」に傍点]的特色自身を云い表わさねばならない。と云うのは、イデオロギーAがイデオロギーBと異る点に於て、初めてAとBとは、内容的にイデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]の資格を得る。イデオロギーという概念は単に一定の(イデオロギーと呼ばれる)現象を総括して命名するだけの言葉ではなくて、そうすることによって同時に、この現象内の個々の場合の区別[#「区別」に傍点]をも云い表わす処のものでなければならない。丁度個人という概念が人間一般を指し示すばかりではなく、それによって個人と個人との区別をも意味するように。
 それ故イデオロギーは、単に社会上部構造の諸段階によって区別されるばかりでなく、それぞれの段階のイデオロギーの対立[#「対立」に傍点]を同時に指し示さねばならぬ。――イデオロギーは実際、社会上部構造が歴史的に経て来たイデオロギーの諸形態[#「諸形態」に傍点]を意味し、従って又それぞれの時代に於ける社会で対立している諸形態[#「諸形態」に傍点]のイデオロギーを意味する。イデオロギーはこの意味に於て、イデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]一般であると共に、又イデオロギー形態[#「イデオロギー形態」に傍点]ででもなくてはならない。
 上部構造一般としての、即ちイデオロギー一般としての、イデオロギーは、歴史的社会の何時の時期にも必ず意味を有つ存在でなければなるまい、意識を有たない社会は存在し得ないからである。だがイデオロギー形態としてのイデオロギーは、或る一定の社会条件の下では対立物として対立しないと考えられるならば、その時にはもはや意味のない概念となるだろう。一種類しかイデオロギーのあり得ない――そうした理想的な――社会に於ては、イデオロギーの諸形態[#「諸形態」に傍点]という概念は意味を失って了う。――で、イデオロギーとは、イデオロギーという一つのものが、幾つかの対立物に分裂し、そして又その対立が一つのものにまで解消することを理想とする、そういう弁証法的な概念である。ここにイデオロギー概念の一切の諸特性が潜んでいる。

 唯物史観によれば社会の下部構造――生産諸関係――は経済的搾取関係によって特色づけられる。要するに余剰価値乃至利潤の追求がこの下部構造を規定する。だからこの経済的[#「経済的」に傍点]関係と直接に結合している社会的[#「社会的」に傍点](その限り又政治的)関係としては、社会階級の対立[#「社会階級の対立」に傍点]が結果する。その意味に於て社会の下部構造
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