イデオロギー概論
戸坂潤

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)框《かまち》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)品|隲《しつ》する

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#ローマ数字4、1−13−24]

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔ide'ologie〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://www.aozora.gr.jp/accent_separation.html

*:注釈記号
 (底本では、直前の文字の右横に、ルビのように付く)
(例)形而上学的範疇*――
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[#1字下げ]序[#「序」は大見出し]


 私は二年あまり前に、『イデオロギーの論理学』を出版したが、今度の書物は全く、それの具体化と新しい領域への展開なのである。が、そればかりでなく、又その敷衍と平易化とでもあることを願っている。
 イデオロギーの問題が、一般社会から云っても又階級的に云っても、至極重大な客観的な意味を有っていることを、今更口にする必要はないであろう。併しこの問題は世間の人々が想像しているように、それ程決って了った問題でもなければ、又充分に検討し尽されつつある問題だとさえも云えない。それは甚だ多くの未知のものを吾々に約束しているように見える。私はそこで、事物をイデオロギー論的に[#「イデオロギー論的に」に傍点]取り扱うための基本的な計画を立てて見ることにした。それがこの書物である。
 だから私にとって、イデオロギーの問題は単に一つの顕著な大事な問題というだけではなく、可なりの広範さと普遍さとを有った原理的な[#「原理的な」に傍点]問題として現われる。この書物は単に読者にとっての手引きであるばかりでなく、又著者自身の科学的労作にとっての入門書なのである。それで今の場合、イデオロギーに関する歴史的叙述に立ち入る余裕がなかったのは遺憾である。
 第二部の批判的な各章は以前発表したものを元にし、之を短かくし且つ訂正したものである。併しこの各章が、単なる批判[#「批判」に傍点]ではなくて、実は夫々一定の公式[#「公式」に傍点]を導き出すためのものだという点を、注意して欲しい。
 一九三二・一〇
[#地から9字上げ]東京
[#地から2字上げ]戸坂潤
[#改ページ]


第一部「社会科学」的イデオロギー論の綱要[#「第一部「社会科学」的イデオロギー論の綱要」は大見出し]



[#1字下げ]第一章 イデオロギーの問題[#「第一章 イデオロギーの問題」は中見出し]



[#3字下げ]一[#「一」は小見出し]

 云うまでもなくそれ自身としてはブルジョアジーのものである処の、わが国に於ける文壇や論壇、又学壇をさえ一貫して、マルクス主義的・社会科学的・認識が今日では可なりよく普及していると見て好い。一部分の、無意識的にか又は故意にか、敢えて迷蒙に止まろうと欲しているとしか考えられない諸反動分子は例外として、わが国のインテリゲンチャ層は大勢から云って、マルクス主義的・社会科学的・諸範疇を夫々の程度に承認し、而も之を相当日常化して使っているだろう。イデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]という言葉乃至概念も亦例外ではない。
 諸種の反動的な「学者」や「専門家」達にとっては、それにも拘らずこの概念は、あまり好ましくない、厄介な、又は軽視されねばならぬ、ものであるように見える。之は高々一群の学徒にしか過ぎない社会学者達だけが口にしても好い言葉であって、その社会学者達自身さえが止むを得ない必要のない限り真面目に用いてはならぬ言葉である、と彼等は考えているようである。
 こう考えて見ると、イデオロギーという概念を承認するかしないか、又どの程度に夫を承認するかは、その国のインテリゲンチャがどの程度に進歩的であるか無いかの標準になる。蓋しインテリゲンチャの最も手近かな問題は、要するに知能的[#「知能的」に傍点]な――インテリゲンツの――問題であって、従って文化とか意識とかが彼等の何よりもの生活問題になるのが普通だから、彼等にとってはイデオロギーが最も手近かな問題であり、即ち又イデオロギーの問題は、彼等によってこそ最初に取り上げられる理由があるのである。
 わが国のインテリゲンチャも国際世界の大勢に従って、資本主義制度の社会的停滞と共に次第に無用のものとなり、それだけ自然の結果として低能化して来た今日、丁度ドイツの学生達が反動的であるように――彼等はその進歩性をフランス大革命への感激の涙と共に流し去って了った――反動化しつつあるのは事実である。そうだとすればたといイデ
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