フ変遷を嘗めて今日に至っている。この言葉が、デステュット・ド・トラシやカバニスが哲学の本領として提唱した観念学[#「観念学」に傍点](〔ide'ologie〕)の名から始まったことは能く知られている。――この人達(イデオローグ)の思想によれば、凡ゆる哲学的諸問題は、観念[#「観念」に傍点](乃至意識)の研究を基礎として解答されなければならない。まず観念がその起源・発生に就いて、感覚論的[#「感覚論的」に傍点]に、従ってその限りは唯物論的[#「唯物論的」に傍点]に(何故なら例えば感覚論者エルヴェシウスはフランス唯物論者の先駆者であるから)、取り扱われねばならないのである。処がこのイデオロジー[#「イデオロジー」に傍点]の哲学史上の役割は、恰も、コンディヤックの感覚主義をば或る意味では之と全く反対の極に立っているメヌ・ド・ビランの主意的観念論――直覚主義――にまで媒介する契機に相当していなければならなかったから、本来或る意味で唯物論的な――尤もフランス風の機械論的唯物論にぞくするのであるが――出発を有っていたこのイデオロジーも、おのずからその特色を変更せざるを得なくなってきた。メヌ・ド・ビランは人間学[#「人間学」に傍点]の歴史に於ける最も重大な結節点の一つであり、人間の内面的・内部的・条件を取り扱かうことを主眼としたが、こうした内部的人間学[#「内部的人間学」に傍点]が、その思想の連りを今云ったイデオローグから引いていたことを忘れてはならぬ。
イデオロジーはだから云わばフランス唯物論とフランス観念論――例えば所謂モーラリスト(之はモンテーニュから始まる)の如き――との中間に位する(実はすでにデカルトに於てそうであったのであるが)。之は十八世紀のフランス唯物論を標準にして云えば、その副産物又は副作用と考えられるだろう。吾々はこれを「フランス・イデオロギー」と呼ぶことが出来る。
併しイデオロジーは、それが問題の出発点を――従ってその到着点をも――観念(乃至意識)の研究に限定して了ったから、その解決は、当然或る意味に於て観念的とならざるを得なかったのは、自然の勢だろう。ここではもはや事物は現実的な・着実な・説明を期待することが出来なくなる。それは一歩誤れば空疎な言説・科学上の徒らな大言壮語・に堕ちて行く。ナポレオンがド・トラシを指して「イデオローグの巨頭」と呼んだことは有名だが、それは恐らくこの意味に於てであったろう。こうなればイデオロジー(イデオロギー)という言葉はすでに嘲笑と非難とをしか意味しない。――そこでマルクスは、恐らくこの「フランス・イデオロギー」に対比して、ドイツの唯物論者達の観念性を指摘するために、その『ドイツ・イデオロギー』(Die Deutsche Ideologie)を書いた。十八世紀のフランス唯物論の副作用がフランスのイデオロジーであったと同じく、十九世紀のドイツ唯物論がドイツ・イデオロギーという副作用を持ったというわけである。
無論こういう云わば綽名としての言辞は、それだけでは科学的な概念にはなれない。だがイデオロギーという言葉が、その本来の真面目な意味内容が何かあった又あるにも拘らず、同時にかかるアイロニーでもあるが、実はこの概念の根本的な実質内容を暗示している。イデオロギーは唯物史観によれば、社会の上部構造――意識[#「意識」に傍点]――であると共に又虚偽意識[#「虚偽意識」に傍点]なのである。この場合それは利害[#「利害」に傍点]や好悪[#「好悪」に傍点]によって歪曲された意識を云い表わす。
で上部構造――広義の意識――としてのイデオロギーをもう少し分析しよう。この意識――超個人的・歴史的・社会的・意識――は併し、歴史的社会によって規定された限りの意識であった。と云うのは、仮に意識というものがあってそれが歴史的社会という存在によって限定されたとして、イデオロギーとしての意識はこうした限定を受けない前の意識[#「受けない前の意識」に傍点]を意味するのではない、そうではなくてこうした限定を受けた後の[#「受けた後の」に傍点]意識を意味するのである。処が意識という存在は歴史的社会とは一応別な存在であるから、その限り一応の[#「一応の」に傍点]自主性を有つので、一応は逆に自分が歴史的社会を限定すると考えられ得ねばならぬ。実際、吾々が歴史を造り社会を変革し得るのである。それにも拘らず、終局に於ては[#「終局に於ては」に傍点]意識が歴史的社会によって限定される、そのことはすでに述べた。では一応[#「一応」に傍点]は意識も亦歴史的社会を規定することと終局に於ては[#「終局に於ては」に傍点]歴史的社会だけが意識を規定することと、どこで異るのか、一応[#「一応」に傍点]と終局に於て[#「終局に於て」に傍点]との区別
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