奄゚て範疇であることが出来る。それでこそ初めて、範疇は論理の形態的構成力の因子となれるのである。
 イデオロギーの形態的構成力の因子としての範疇は云わばその発生学[#「発生学」に傍点]を有っている。範疇は存在を把握すべきであるにも拘らず、即ちその限り対象となる存在から発生するにも拘らず、なお社会的[#「社会的」に傍点]――経済的・政治的・又宗教的――発生条件[#「発生条件」に傍点]によって限定される。だから同じ存在に就いても、どういう範疇が用いられるかは、具体的には、どういう社会条件の下にその存在が明るみへ出されているかに関わって来る。その限り範疇は全く社会の所産[#「社会の所産」に傍点]なのである*。
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* 範疇のこの――なおまだ一般的である処の――規定を指摘したのはデュルケムである。だが之だけでも範疇が少くとも社会の異るに従って別であることが出来るということを明らかにするには充分だろう。レヴィ・ブリュールも亦原始的社会[#「原始的社会」に傍点]――そういう社会条件――に於ける諸根本観念――諸範疇――が如何に吾々の世界のものと異るかを実証する。
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 範疇の発生学は同時に又範疇の系譜学[#「系譜学」に傍点]でなければならぬ、と云うのは、範疇はその社会的発生によって、その歴史的系統[#「歴史的系統」に傍点]に従って成長しなければならないのである。ギリシア人の社会はギリシア的神話を産み、それがギリシア的世界観[#「的世界観」に傍点]=哲学[#「哲学」に傍点]として統一を有つためにはギリシア哲学的諸範疇[#「ギリシア哲学的諸範疇」に傍点]を有たねばならないが、それは交通手段の乏しかった古代に於ては云うまでもなく、例えば印度哲学的[#「印度哲学的」に傍点](バラモンの又は仏教の)或いは支那哲学的[#「支那哲学的」に傍点](儒教の又は易の)諸範疇とは無縁であらざるを得なかった。処がこれ等の範疇の諸系統は今日に至るまで、夫々の系統として殆んど独立に[#「殆んど独立に」に傍点]伝承されているのが事実である。今日に至ってもまだ、欧州哲学的諸範疇[#「欧州哲学的諸範疇」に傍点]――それはギリシア哲学的範疇の系統的発展であって今日の吾々にとって唯一の技術的・自然科学的・社会科学的・範疇である――は、東洋哲学的諸範疇と決し
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