e mind)というような、個人心から独立した心[#「個人心から独立した心」に傍点]が存在するのではなくて、各個人に共通な、個人としての個人の心の機能とは異って機能する、集合表象という表象の仕方[#「表象の仕方」に傍点]が行なわれるに過ぎない。――このように説明されてこそ初めて、社会心の概念――集合心・群衆心理等々――も、一応は落ち着くべき処に落ち着くことが出来るだろう。
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* 〔L. Le'vy−Bruhl, Les Fonctions Mentales dans les Socie'te's Infe'rieures, Introduction.〕 ――序でに読者は注意すべきだ。この書物の名前が例えば社会の心理[#「社会の心理」に傍点]というようなものの研究を意味してはいずに、社会に於ける心的機能[#「社会に於ける心的機能」に傍点]の研究であることを。
[#ここで字下げ終わり]
 デュルケム乃至レヴィ・ブリュールによって与えられた、原始民族の意識と文明人の意識との相異その他に就いては、今は省こう。今大事なことは、デュルケム乃至レヴィ・ブリュールによる意識の分析が、社会の分析から出発すると云う点にあるのである。それは所謂「社会心理学」と方向を反対にする。それであるからこそ却って初めてここで、社会心理学が本来目指していた問題が、一応無理なく――その深浅は別として――解かれることが出来る。ブルジョア社会心理学の泥濘から抜け出す道が茲に横たわっている。――で、吾々はこの実証主義的社会心理学を批判することによって、吾々の社会心理学[#「吾々の社会心理学」に傍点]――イデオロギー論――にまで抜け出ることが出来るだろう。

 実証主義の精神は常に、或る意味に於て歴史的である。それは歴史的予見のために知識を追求するのを目的とする。だが又それは、他方に於て、原因[#「原因」に傍点]の概念を用いて歴史的運動を説明[#「説明」に傍点]すること――これは実証主義者によれば一括して形而上学的と呼ばれる――を却ける。事物の諸現象は単に記述[#「諸現象は単に記述」に傍点]さるべきであり、理論はただこの諸記述の中から一定の諸法則を抽出しさえすれば好い。この場合必要になる研究方法は、おのずから、比較的方法[#「比較的方法」に傍点](comparative m
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