が。
マンハイムの歴史主義[#「歴史主義」に傍点]に於ける歴史の概念は、それがトレルチの系統にぞくすることからも想像出来るように、無論決して唯物史観ではない。歴史的とは彼にあっては「あくまで精神的」であることであり、イデオロギーの下層建築も「精神的なものに外ならない。」そればかりでなく、下層建築と上層建築とは、即ち多少とも物質的なものと優れて精神的なものとは、「交互的」関係に置かれている。と云うのは、上層と下層との区別は、単に全く精神的なるものと多少とも物質的なるものとの区別にしか過ぎず、それは存在の構造上の被規定者と規定者との区別でもなければ、分析方法や叙述方法の上での優位者と劣位者との区別でもない*。両者は凡ゆる点に於て同格・対等の位置に置かれるというのである。
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* 前掲論文 S. 632.
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であるから従って又、歴史は必ずしも歴史的必然性[#「必然性」に傍点]によってのみ動くものとは考えられない。同時に、個人の・英雄の・意欲によって、それは自由に、可能性[#「可能性」に傍点]に於て、動くことが原則的に在り得なければならないと考えられる。ここでは必然性と自由とが、同列に於て混合[#「同列に於て混合」に傍点]される。それ故歴史上の変化に就いては、かの実証主義の精神であった科学的な歴史的予言―― 〔voir pour pre'voir〕 ――はもはや充分に成り立つとは限らない。何時ムッソリーニが出現するかも知れず、何時超論理的な――ソレル的な――暴力[#「暴力」に傍点]が力を振うかも知れない。その時、政治理論は少くとも歴史理論であることを止めねばならないだろう。――レーニン主義はムッソリーニ主義に又はソレル主義に、同列に於て[#「同列に於て」に傍点]、結び付けられねばならぬ。真理はコンミュニズム+ファシズム(又はアナーキズム)の内に横たわる。その問題の位置・その立場・を全く異にする二つのイデオロギエンは、どのような立場[#「立場」に傍点]によってであるかは知らないが、幸にして結合し得るものでなければならない。――之がマンハイムの所謂政治学[#「政治学」に傍点]なるものである*。
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* 以下 Ideologie und Utopie を見よ。
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