オて、斉しく真理の仮面をかぶった仮象に過ぎないことを吾々は彼から聞くに過ぎなかった。イデオロギーの優劣を組織的に決定し得るような政治的標尺は問題となり得なかったからである。論理の問題を取り扱い得たように見えたパレートの知識社会学は、ただ最も表面的な論理の問題を取り上げたに過ぎなかった。
この不充分さは併しながら、初めから寧ろ当然だったのである。歴史的原理にまで多少とも近づくかのように吾々には見えた彼の実践[#「実践」に傍点]の概念は、彼自身にとっては実は、歴史的原理の積極的な反対物でしかなかった。実践とは単なる――行動主義的な――行為にしか過ぎず、政治――この歴史的なるもの――などでは到底あり得なかった。歴史は永劫の非歴史的な回帰である、歴史は歴史ではない。歴史的原理[#「歴史的原理」に傍点]のこの否定が、論理[#「論理」に傍点]の問題を皮相的なものに終らせたのであった。――実践[#「実践」に傍点]概念は歴史[#「歴史」に傍点]概念と結び付かない限り、論理[#「論理」に傍点]の問題を解くことが出来ない、之がパレートに於て得た吾々の結果である。
形而上学的(シェーラー)及び自然主義的(パレート)知識社会学に反して、実証主義的知識社会学は元来、歴史的原理の尊重から出発している。コントの知識社会学が歴史哲学の否定でもなく又否定的な歴史哲学でもなくて、正に一つの肯定的な歴史哲学であったことを、人々は重ねて思い出さなければならない。処が、この歴史哲学としての実証主義的社会学がそれ自身の矛盾のために、――そしてこの矛盾は当時のフランスの社会状勢の単なる反映に外ならないのであるが、――もしみずからに特定の階級性を判然と許さないならば、必然に歴史的原理の放擲へ、歴史哲学の断念へ、辿りつかざるを得なかった、その経緯を吾々は已に見た。シェーラーやパレートの知識社会学はとりも直さずこのような事情の表われの他の一つだったのである。――だがこの推移の過程は実証主義の今云った反対者にばかり見出されるのではない。寧ろ今日[#「寧ろ今日」に傍点]の実証主義者の陣営に於てこそ、この推移の結果は着目に値いする。
人間の知識はコントによれば、神学的段階から実証的段階に向って、発展し又進歩する。この段階的[#「段階的」に傍点]発展は単なる無段階的な発展とは異って、このような特定方向への[#「特定方向
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