点]に外ならぬと主張しているのだから。
この隠蔽、階級理論の無視、は何故必要であったか。之は何もシェーラー一人にとって必要なことではない。――シェーラーはコント程に正直でなかったのか。併しヨーロッパ[#「ヨーロッパ」に傍点]の、そして(コスモポリタンの意志に反して)、それは又同時に国際的世界[#「国際的世界」に傍点]の、資本主義[#「資本主義」に傍点]はその間に八十年の発展を遂げている。コントの同時代者マルクスが肯定の内に否定を見た処のものに、シェーラーは肯定の内に否定を感ぜ[#「感ぜ」に傍点]ざるを得なかっただろう。この感覚が彼をして特にコントの実証主義を敵手として選ばせるに充分だっただろう。併しシェーラーの――自覚すると否とに拘らず――真の敵はコントに在るのではない、コントは彼にとって単に味方からの一人の古い裏切者にしか過ぎない。サン・シモンに於けるコントのかの相弟子マルクスこそ正にシェーラーを脅かしている当のものである。否問題は、此かれの個人に対する敵対にあるのではない、その個人が代表する学派――例えば現象学派に対するマルクス主義――にあるのでもない。問題はそういう学派が生じ得た歴史的地盤にあるのである。そしてそのような歴史的地盤は無論単に学派を産むだけのものではない、それは一切のものを産む。この地盤が階級となって現われるのである。現代に於ける一切の複雑な階級乃至身分の歴史的乃至同時代的交錯は、愈々益々ただ二個の階級性格に帰着しつつあるだろう。夫々の階級は各々みずからを全体社会[#「全体社会」に傍点]だと考え又はあろうと欲する。部分は全体を代表する、それは単なる部分ではなくて動的な・実践的な・弁証法的な対立した[#「対立した」に傍点]部分である。――階級はかかる階級対立[#「対立」に傍点]としてしかない。そこで、シェーラーの階級はそのまま全社会であるかのように見える。従ってそれはヨーロッパそのものであることが出来そうである(茲で彼自身は却ってヨーロッパ主義者であることを注意せよ)。それ故シェーラーの階級の没落は即ちヨーロッパ自身の没落でなければならない、「ヨーロッパ主義」はそれ故にこそ没落せねばならなかった。
一階級の没落の無視を合理化するには併しながら、合理化する主体の個性的・性格的条件に制約されることが必要である。そこで、「労働の知識」である実証科学は
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