ていた。思っていたが、実に思いがけなく今明治四十四年の劈頭《へきとう》において、我々は早くもここに十二名の謀叛人を殺すこととなった。ただ一週間前の事である。
諸君、僕は幸徳君らと多少立場を異にする者である。僕は臆病で、血を流すのが嫌いである。幸徳君らに尽《ことごと》く真剣に大逆《たいぎゃく》を行《や》る意志があったか、なかったか、僕は知らぬ。彼らの一人大石誠之助君がいったというごとく、今度のことは嘘から出た真《まこと》で、はずみにのせられ、足もとを見る暇《いとま》もなく陥穽《おとしあな》に落ちたのか、どうか、僕は知らぬ。舌は縛られる、筆は折られる、手も足も出ぬ苦しまぎれに死物狂《しにものぐるい》になって、天皇陛下と無理心中を企《くわだ》てたのか、否か。僕は知らぬ。冷静なる法の目から見て、死刑になった十二名ことごとく死刑の価値があったか、なかったか。僕は知らぬ。「一無辜《いちむこ》を殺して天下を取るも為さず」で、その原因事情はいずれにもせよ、大審院の判決通り真に大逆の企《くわだて》があったとすれば、僕ははなはだ残念に思うものである。暴力は感心ができぬ。自ら犠牲となるとも、他を犠牲にはし
前へ
次へ
全25ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング